地震予知はできるか?

 

最近、中国の四川省(512日)や日本の東北地方(615日)で、大きな地震がありました(20085-6月)。地震の頻発する日本では、過去にも大きな災害が地震によって引き起こされており、地震を予知できるかどうかは重要な問題です。地震が予知できるということを、いつ、どこで、どのような地震が起こるかが分かるという意味に解釈して、地震の予知が可能かどうかを、現代の科学をもとに考えてみたいと思います。

組成や構造が複雑な体系や、構造は簡単でも相互作用が非線形な系(合わせて「複雑系」と呼ぶことにします)を科学的に取り扱うことができるようになったのは、最近3040年のことです。複雑系では、系の時間的変化を正確に書き表すことは不可能で、ある時刻における系の状態が分かっても、その後の行動を正確に決定することはできません。

ルネッサンス以来、組成と相互作用が単純な系(単純系)にたいして成功を収めてきた近代科学の方法は、20世紀の半ばまでに取り扱う対象を使い果たしてしまいました。コンピュータの発達が、それまで手付かずの状態に置かれていた複雑系を科学的探究の対象とすることを可能にした、と言っていいでしょう。

複雑系の科学の特徴は、単純系の科学と対比して、次のようにまとめられます。

単純系の科学では、取り扱う対象をできるだけ単純化して、それを数学的に処理し、原因と結果の間に定量的関係を導き出します。単純化するためには、対象を一個あるいは二個の物体に限り、その他の要素は背景に押しやって、その影響を無視したり、近似的に取り扱える小さな量としたりします。そのような処理ができる系も自然界には沢山あって、近代科学の有用性は社会の改造に役立ってきました。その一方で、そのような単純化の出来ない場合は、対象から除外してきたのでした。ところが、単純系に較べて、複雑系の数は無限に多いのですから、われわれは自然界のほとんどの対象に眼を瞑ってきたと言っても間違いではないのです。

単純系の一つの例として、落体の運動を考えましょう。ビー玉を地上10メートルの所から落とすとします。地球の自転や空気とのまさつなどを無視する(考えない)ことにすると、ビー玉の重心の運動は、高校で習う運動方程式で書き表され、1秒たったらどこまで落ちるか、そのときの速さはどれだけかなどを、正確に計算できます。しかし、実際にビー玉を落としたときの運動は、地球の自転や空気の動きなどを考えなければならず、正確に書き表すことは不可能です。しかし、実用上はそれほどの精度を必要としないことが多いので、近似的な計算の結果が、十分に役立ちます。

つまり、厳密に正確な取り扱いができる単純系は、自然には存在しない理想的な場合に限られます。そして、自然界に存在するほとんどの運動は、複雑系の運動と考えなければならず、単純系の運動は極少数の場合です。自然界に現れるさまざまな現象には、単純系と考えたのでは説明できないことが満ち溢れています。たとえば、気象、海流、地震などはその顕著な例です。もっと身近なところでは、一枚の紙を二つに裂く場合があります。刃物をつかわないで、一枚の紙を両手で引っ張って、裂いて見ましょう。裂け目を見ると、その形は裂くたびに違ってしまいます。同じ形の紙でも、裂いたときの裂け目は千差万別です。

このように、自然界には単純系としては扱うことの出来ない現象が満ち溢れています。そして、20世紀の初めには、複雑な系の運動を正確には解くことは、原理的にもできないことがわかっていました。一般に、3体問題を正確に解くことはできない、ということが証明されています(と言っていいでしょう)。したがってこの意味でも、多くの複雑系のように、構成要素が非常に多い場合には、力学(あるいは量子力学)を使って、系の運動を正確に記述することはできないのです。

そこにもってきて、最近40年の間に発展した複雑系の科学は、複雑系の変化が、単純系の場合とは非常に違った考え方(概念)を使わないと表わせないことを明らかにしました。カオス、フラクタル、自己組織形成、エマージェンス、などの言葉が使われるのは、その表す内容が、今までの単純系の科学の考えとは違ったものであることを、明確に表しています。以下の説明の便宜上、複雑系の特徴を備えた現象を複雑現象、単純系として扱える現象を単純現象と呼ぶことにしましょう。

カオスに関連した点に着目すると、複雑現象では、ある時刻の系の状態が分かっていても、時間がたったときの系の状態は決められない、ということになります。別の言い方をすれば、初期状態が同じでも終状態は違う(非再現性)ということです。バタフライ効果という名でしられるような、微小な条件の違いが結果に莫大な変化を与える可能性のあることも分かっています。複雑系の科学が単純系の科学と較べて複雑な一つの理由は、この性質(再現性の欠如と条件に対する敏感さ)のためです。

単純現象の再現性は、その結果を肯定的に表現しやすいのにたいして、複雑現象非再現性は、その結果を否定的に、あるいは確率的に表現せざるをえないことになります。そのために、単純系の考え方に慣れた頭には、複雑系の考え方はあいまいで、頼りないと考えられがちなことに注意をしてください。

落体の運動の結果は、「ビー玉は何秒後にどこにあり、そのときの速さはどれだけです」と言えます。それにたいして、2008年の6月から10月に日本に上陸する台風が何個あるかは、予測できないのです。あるいは、「5個の台風が日本に上陸する確率が50%だ」としか言えません(このような予測も、気象学者からすると言い過ぎだと思われるでしょうが)。

複雑系の科学についての基本的な知識を使って、「地震予知」が何を意味するのかを考えてみましょう。

地震は、地殻の運動の一種で、学問的には地球物理学で取り扱われてきました。地球内部の地殻の運動ですから、地球の大気、海洋などと較べても発達が遅れているだろうことは、われわれ素人にも予想できます。1950年代になって、プレート・テクトニックス(地球表層の岩石圏を数十個の板(プレート)に分け、地球上の地学現象はそれらの運動によるとする学説のこと)の考え方が広く受け入れられるようになり、地震や火山の研究に転機がもたらされた、と言われています。「地震は、プレートの運動により地下の岩盤に歪みが蓄積されて急激な破壊が起こり、それに伴って振動が発生する現象であるらしい」ということになっています。すると、先に述べた、紙を裂く場合と基本的には同じことが、地震の場合にも起こっているということになります。紙を裂く場合の方が桁違いに単純なことは言うまでもないことですが、念のために、ここで注意しておきます。

まず、複雑さでは地震に勝るとも劣らないと思われる台風の場合を考えておきましょう。台風の定義は、「日付変更線(東経180度)より西、東経100度より東の太平洋、南シナ海で生まれた熱帯低気圧のうち、中心付近の最大風速(10分間平均)が34ノット(17.2m/s)以上のもの」となっています。したがって、熱帯低気圧が何個生まれ、そのうち何個が台風に成長し、その内の何個が日本に上陸するかは、神のみぞ知るとしか言えません。台風は典型的な複雑現象なのです。ということは、気象観測がいくら正確になされても、発生から成長、さらに衰退にいたる一個の台風の履歴は、科学的に予測できないということになります。それが、台風の進路予測が頻繁に行われざるを得ない理由でもあります。

それでは、本題の地震を考えましょう。2008615日に岩手・宮城県境を襲ったマグニチュード7.2といわれる地震は、これまで知られていなかった活断層によるものだと言われています。プレート・テクトニクスで大まかに説明されるプレート型の地震(東海地震など)と較べて、活断層が短いために局所的で小さな地震ですが、地層のズレが地震として観測されるという点では、変わりはありません。

このように、地震には何種類かあるようですが、日本では、小さな活断層による活断層型地震とプレートの潜り込み帯で起こるプレート型地震が被害を大きくする代表のようです。

活断層型の地震は、最近頻発していて、兵庫県南部(19951.17)、新潟県中越(20041023)、岩手・宮城(2008.6.15)と続けて起こり、震源地付近に甚大な被害を与えています。したがって、活断層型の地震にたいする対策をたてる上では、活断層がどこにあるのかを知ることが不可欠な条件となります。

次に、プレート型の地震ですが、これは歴史的に一定の周期で地震が起こっていることが知られています。東海、東南海、南海の三つのプレート型地震が百数十年の周期で起こってきたという記録があり、近いうちにそのどれかが単発で、あるいは連動して、起こるのではないか、と言われていることは良く知られています。

いずれにしても、地震は複雑現象なのですから、複雑系の現象としての特徴を備えていて、いつ、どこで、どのような地震が起こるかを、正確に予測することは不可能なのです。このことをキチンと認識しておくことが、地震に対する対策をたてる上で、最も重要なことです。

地震予知連絡会という組織があります。1964年に発足したこの組織は、「地震予知計画にかかわっている全国の関係各機関が参加し、その時々の問題の検討にあたり、重要な役割りを果してきた。」とその報告(「30年の歩み」)に書かれていますが、また「残念ながら、この30年間に直前の警報を発して地震が起こった例は1つもなかった。」とも書かれています。

このような総括がなされた理由は、上に述べた複雑現象としての地震の本質から、極めて当然と思われるのですが、予知連絡会から「予知」の二文字を取り除ける勇気はないのだろうか、という疑問を感じるのは筆者だけではないでしょう。なぜ、予知が問題なのかを説明しよう。

予知連絡会が発足した1964年には、複雑系の科学はまだ成熟しておらず、発足にかかわった地震学者たちが、地震の本質を正確に把握していたとは考えられないので、連絡会に「予知」を付けたのは理解できます。しかし、その後の複雑系の科学の発展によって、地震の複雑現象としての性質が明らかになっている現段階では、「予知」連絡会は、地震の予知が可能であり、それを予知する組織であるかのような誤解を生むでしょう。その誤解は、地震対策にも悪影響を及ぼすに違いないのです。

したがって、できるだけ早く、地震予知連絡会は「地震対策連絡会」とでも改称して、地震に対する正しい認識を社会に広め、正しい対策を政策に盛り込むように努力すべきである、というのが私の意見です。

地震学者の中には、「予知が可能な地震もある」と考えている人もいるようです。「東海地震が予知できる可能性があるという根拠は、他の地震と異なり、東海地震はマグニチュード8という大規模な大きさをもち、しかも想定震源域の大半は静岡県直下にあると特定されているため、前兆現象を捉える可能性があると考えられているからです。逆をいいますと、想定東海地震を除くすべての地震については、現状では予知できないということになります。」(阿部勝征、20086.19NHK視点論点「地震予知の現状)、太字は引用者)

 しかし、地震の前兆現象は、台風で言えば、熱帯低気圧の発生に相当するものでしょう。すべての熱帯低気圧が台風になるわけではないのですから、台風の発生は予知できないでしょう。せいぜい、「その熱帯低気圧が台風になる確率は、現在のところ50%です」という形の予報しかできないでしょう。それと同様に、すべての前兆現象がプレート型地震に結びつくわけではないのですから、前兆現象があったところで、地震の予知はできません。さらに言えば、地震に結びつく前兆現象であっても、いつ、どこで、どのような地震が起こるかを前兆現象から予知することは不可能なのです。これは、熱帯低気圧と台風発生の関係を考えてみれば、一層明瞭になるはずです。「前兆現象が捉えられれば地震の予知が可能かもしれない」というのは、複雑現象としての地震の本性を無視した、地震「予知」連絡会の面子を立てた考え方としか受け取れないのです。

なお、上記講演で「静岡県が昨年実施した県民意識調査によると、予知はできるかとの質問にできるだろうと答えた人は三割でしたが、できないだろうと答えた人は七割もいました。」と述べているのは、地震学者の言として、耳を疑わざるを得ないものでした。
したがって、「地震予知はできるだろうか?」という本題にたいする私の結論は、「できない」となります。予知ではなく、発生の可能性を確率的に予想した地震情報に基づいて、地震防災対策をたてることが、われわれのなすべきことだということになります。

 

上の説明では、地震が複雑現象であることを、経験的事実と科学的知識に基づいて、台風や紙を裂く経験との類推から結論しました。初めに断ったように、単純現象のように定量的には取り扱えない複雑現象では、説明がどうしても定性的になってしまうのです。このような類推に頼った説明を、もう少し違った観点から補足して、理解し易くしてみましょう。

いくつかの複雑現象で、「逆べき法則」と呼ばれる規則性が観測されています。ある現象(例えば地震)が起こることが知られているとき、その現象の大きさ(地震のマグニチュードやエネルギー)とその大きさの現象の起こる回数(頻度)の関係を調べると、大きい現象は起こる回数が少なく、数式で表したときに「逆ベキ型」になります。

数式で書くと、大きさ の現象の起こる回数 ) は次のように表されます:

) ∝ 1/ =-,  b 1.

∝ は比例を表す記号で、 は地震の起こる場所によってきまる定数です。地震の大きさをマグニチュードで表した場合には、 は多くの場合に1に近い値(0.7 – 1.1) をとり、平均すると1くらいになります(地震学の結論)。

 地震の場合のこの逆べき法則は「グーテンベルク・リヒターの法則」と呼ばれています。地震に対してグーテンベルク・リヒターの法則という逆べき法則がなりたつことを、他の複雑系でも逆べき法則が成り立つことと類比させて考えると、地震が複雑現象だと結論してよいことになります。

 逆べき法則が、複雑現象の一種と考えられる常温核融合現象でも成り立つことは、次のウェブサイトに記されています。

http://www.geocities.jp/hjrfq930/Papers/paperr/paperr.html

(9. H. Kozima, ”Six Sketches on Complexity and Wavefunctions in the Cold Fusion Phenomenon” Reports of CFRL (Cold Fusion Research Laboratory) 5-1, 1 (September, 2007), Sketch 3)

 この説明は、先に述べた説明より理解しやすいと思うのですが、どうでしょうか。

そういうわけで、地震は複雑現象なのですから、どんな型の地震であっても、地震を予知できる可能性はありません。予知できるだろうという幻想を捨てて、現象の性格をできるだけ正確に理解し、地震の特徴に対応した対策をたてることが科学的ということです。

活断層型の地震ならば、活断層の位置を正確に把握し、活断層の上には構造物を作らないようにし、付近の構造物の耐震強度を高めることです。プレート型地震ならば、予想される地域に広域防災体制(構造物の強化、ツナミ対策、交通対策など)をとり、前兆現象の観測態勢を充実させ、確率的な予報にしたがった防災の対策を実施することです。どちらにも共通して言えることは、地震が起こったときにどうするかを事前に検討し、対策を講じておくことで、震災時のライフラインの確保を機動的に行うことは、まず第一になされなければなりません。