日本の読者、友人の皆さんへ、

本来の、雨の多い2月のポートランドから CFRL News No.32 を添付資料としてお送りします。

 黒潮(ここまで来ると日本海流と呼ばれる)のなれの果てが、太平洋の北端を回って辿り着くお陰ということで、気温はあまり低くなく、零下(摂氏温度)になることはめったにありません。1月末に夜になって雨が雪になったことが一度ありましたが、翌朝には殆ど消えてしまった淡雪でした。人工芝のグランドや、北向き斜面が朝のうち少し白くなっていましたが、昼過ぎには跡形も無くなったくらいです。しかし、雨は毎日のように降ります。陽光が射したと思っても、間もなくしとしと雨が降り出すという調子で、ほとんど毎日雨が降っています。パークアヴェニューの4列の大木の幹には、北面にびっしりと苔がついていますが、雨の多いせいでしょうか、色がとくに鮮やかに見えます。

 2月になって、あちこちの植え込みにある3メートルもの椿の株が紅や絞りの花を鮮やかに開き始め、冬景色に彩りを添えています。馬酔木も株は少ないのですが、大学構内の大株は蕾が白っぽくなってきました。石楠花の蕾もふくらんだものが目につきます。早生種はあと一月くらいで咲き始めるでしょう。

日本での石楠花といえば、湯檜曽川を挟んで谷川岳に向き合う白毛門の稜線のハクサンシャクナゲや、奥秩父十文字峠の大群落は6月頃の雨の多い季節でした。南アルプス蝙蝠岳のキバナシャクナゲの可憐なうす黄色の花は夏山の一つの思い出です。日本の風土の優しく穏やかなことを、懐かしく思い出します。

 山の名前には、山好きならずとも惹かれる魅力的な名前がたくさんありますが、白毛門などもその一つです。どのような謂れをもった名前なのでしょうか。蝙蝠岳もコウモリ岳と書かれていたりしますが、どんな謂れで付けられたのか、前から気にはなっていましたが分からない名前の一つです。北海道の山にはエキゾチックな名前が多く、名前に惹かれて登る候補に挙げていた山がいくつかあります。北大山岳部の部歌に出てくるニセイカウシュペやトムラウシなどなど、K君と札幌から日帰り登山したシリベシ岳などもその一つですが、登れた山はほんの一握りでした。それにしても、シロウマダケ(代馬岳)をハクバダケ(白馬岳)にしてしまった陸地測量部の罪は重いと思います。5月の苗代作りの時期(6月の田の代掻き時期か)に、山肌の残雪に黒く浮き出す馬形をシロウマ(代馬)と呼んだのだそうですが、安曇野の農民の生活感を無視した、都会の役人の感覚のなせる技なのでしょう。

 花の少ない時期の人間くさい話題を一つ。9.11のテロ攻撃以来、ブッシュ政権Bush Administrationの粗雑さ、尊大さが目立ってきています。先日、日本の友人が送ってくれた朝日新聞1月29日(東京)夕刊3版11面の、ジョン・W・ダワー「理性の声聞かぬアメリカ」(「第一回大仏次郎論壇賞特別賞」受賞論文)が纏めて論じています。ご覧になった方も多いでしょうが、

9月11日の事件の前でさえ、プッシュ政権の主要政策は、富裕層への大幅減税、理由なき軍備増強とエネルギー産業への支援、死刑愛好、銃規制に対する反対、そして環境保護政策への蔑視といったものであった。そして「反テロ戦争」にあわせて、いまやブッシュ政権は、長年尊重されてきた市民的自由や司法手続きを骨抜きにする施策を開始した。」

と手厳しい批判を展開しています。これほど纏まった批判論文は読んだことがありませんが、New York Times (NYT)なども前からブッシュ政権の粗雑で乱暴な政策を批判する論文を掲載しており、次の記事は、その具体例です。

7日のNYTの記事「或る判事の過去」“A Judge's Past”は、ボブ・ハーバート記者BOB HERBERTの署名記事です。問題はBush大統領がCharles W. Pickering氏(P氏)を合州国第五巡回控訴法廷“the U.S. Court of Appeals for the Fifth Circuit”の判事候補に指名したことです。そこで、上記のP氏の「過去」が問題になります。P氏は1990年に上院法務委員会で次のように証言しています。「わたしはソブリン委員会(the Sovereignty Commission)と連絡を持ったことは一度もありません.」“I never had any contact with the Sovereignty Commission."

ソブリン委員会というのは、公立学校での差別を非合法化することに反対する裁判を支援し、「白人の特権と人種差別を維持するために必要な措置を講じるために1950年代の半ばにミシシッピ州に作られた、グロテスクで、おぞましく、悪意に満ちた反黒人団体」です。“a grotesque, hateful, virulently anti-black organization established by the state of Mississippi in the mid-1950's to take whatever steps were necessary to maintain segregation and the privileges of white supremacy.”1990年の上記証言は、前ブッシュ大統領がP氏を地方裁判所の判事a District Court seatに任命したときのものです。

ところが、数年前にソブリン委員会の記録が(情報公開法で?)公開されたのを機会に、市民権、堕胎権などの拡充・獲得運動をしている団体“Civil rights and abortion rights groups”が調査したところ、P氏のソブリン委員会との長い付き合いが明らかになり、1990年の彼の証言に偽証の疑いが生じているのです。ハーバート記者の結びも手厳しいものです。

2000年の[大統領選挙における]フロリダでのゴタゴタ以来、投票権の保護を進めることは連邦裁判に携わる者が当然要求されることだ、というのが常識だろう。

しかしながら、フロリダのゴタゴタで甘い汁を吸った現ブッシュ大統領にとっては、そんな常識は簡単に反古になってしまう。

ある種の事態は変わりようがない。P氏の指名は国中の黒人を侮辱するものだ。しかしブッシュの白亜館(Bush White House)では、市民権が共和党の権利と対立するときには、そんなものは考慮にも値しないのだ。

P氏の人種差別主義者としての過去、疑わしい現在、事実を偽っている問題などは、大統領に指名を再考させるのに十分な理由にはならないようだ」

 After the debacle in Florida in 2000, one would think that a commitment to the protection of voting rights would be a prerequisite for anyone being considered for appointment to the federal bench.

But that idea is quickly trumped by the simple fact that President Bush was the beneficiary of the Florida debacle.

Some things never change. Mr. Pickering's nomination is an affront to black people from coast to coast. But in a Bush White House, when civil rights come up against the Republican right, it's not even a close call.

Judge Pickering's racist past, his problematic present and his apparent difficulties with the truth have not been enough to persuade the president to reel in this nomination.

どうやら9.11の影響は、冷戦に代わる温戦の始まりなのかもしれません。大統領の「悪の枢軸」an "axis of evil" 発言は、その宣戦布告のようです。ダワー論文で「パウエル国務長官のような少数の例外」と書かれた国務長官も、『「考えうる最も深刻な行動もあり得る」と、軍事行動も選択肢にあることを示唆した。対イラク攻撃に慎重とされてきたパウエル長官が対決姿勢を明言したことで、米政府は一枚岩だとの警告をイラクに送った形だ』と報道されています。(「朝日」2月7日)

「枢軸」はアメリカの辞書によると次のように説明されています。

The Axis the countries aligned against the United Nations in World War II: originally applied to Nazi Germany and Fascist Italy (Rome-Berlin Axis), later extended to include Japan, etc. (Rome-Berlin-Tokyo Axis). (Webster’s Dictionary of American English, College Edition)

ブッシュ政権の狙いは、この際「悪の枢軸」に数えあげた三カ国を囮にして、内政外交の諸問題を一気に解決してしまおう、ということなのかもしれません。温戦が熱戦にならないように、アメリカ国民とヨーロッパ諸国の良識がブッシュ政権の方向転換に成功することを期待したいと思います。