日本の読者、友人の皆さんへ、

初冬のポートランドから CFRL News No.30  を添付資料としてお送りします。

前号でも書きましたが、今年のポートランドの冬は雨が多く、10月以来、週に5、6日は雨で、降らなくてもからっとした天気は望めません。「これが普通だ」と土着のアメリカ人は言っています。1998年の冬に、100日近く降り続いて、普段は岸から30メートル位下にあるウィラメット川の水面が上昇し、氾濫しそうになったことがあるそうです。そのときは、市民総出で土嚢を積んで市内への流入を防いだとのことで、その記念プレートが河岸公園にあります。今年の雨の多い、寒い日々を知ると、なるほどと頷ける現象です。

 秋学期も12月9日でほぼ終わり、大学もクリスマス休暇で閑散とします。町はクリスマス商戦の真っ盛りで、50%くらいまでのバーゲンセールで賑わっています。面白いのは、Buy one, get one free. というのが目に付くことです。靴などを1足買うともう1足は只になるのですが、只の方は「買ったものより安いものに限ります」と書いてあるのは、当然でしょうね。

12月1日に大学の学生、卒業生、教官を主体にしたPSU Symphony Orchestra の秋季公演が学内の演奏会場Lincoln Hall Auditoriumで開かれました。面白いのは開場から開演までの30分を、学生の弦楽四重奏による序奏に宛てていることでした;Chamber Music Prelude; W. Mozart, Divertimenti K. 136 and 138。本番はSymphony Concertと称して次の3曲です; L. van Beethoven, エグモント序曲“Overture to Goethe’s Egmont”, Op.84, J.S. Bach, ブランデンブルク協奏曲1番“Brandenburg Conccrto No.1”, J. Brahms, 交響曲1番“Symphony No.1 in C Minor”, Op.68 70名を越すメンバーによる素晴しいブラームスに酔いしれました。シベリュウスの音に胸が共鳴した青春を持ち、モーツアルトのオペラに人生の哀歓を感じるこの頃ですが、生演奏では聴いたことのなかったブラームスの音楽が心に沁みるのを初めて感じました。

 翌日の夜、公共テレビPSBで、1時間半の音楽番組アメ−ジング・グレースAmazing Graceを鑑賞しました。曲は聴いたことのある、どこか懐かしいものでしたが、その歌詞と作曲のいわれを知り、1970 年代からアメリカで大流行していることを教わりました、ジャズ風にアレンジしたりして歌われる様子を見ていると、この国の音楽文化の豊かさに今更ながら感心します。念のために1番の歌詞を書きます。

   Amazing Grace

Amazing grace, how sweet the sound,

That saved a wretch like me,

I once was lost, and now I’m found,

I was blind but now I see.

どこかで聴いたことがあるなと多くの人が思う単純な調べに、この深い内容を含んだ歌詞が加わると、この賛美歌は歌う人の心を内省的にして、人間の絆を結びなおし、強めるように働くようです。集会やReunionと呼ばれる家族や旧友の親睦会で盛んに歌われている様子が映し出されていました。Auld Lang Syneと同じような意味合いで歌われることもあるようですが、より多くの機会に歌われているようです。この曲を知っていれば想像がつくように、ジャズ風のアレンジはこの曲にぴったりで、アラバマでの集会で唄われていた歌は心を打ちました。なお、family reunionは盛んで、各地に散らばった身内が何年かに一回集まって、親族の交流を保つように努めているようです。

讃美歌としてのこの歌の作者John Newton1807年に82歳で亡くなったスコットランド出身の牧師で、1760年代にこの曲を作曲したそうです。彼は若いときにアフリカ西海岸からアメリカへ奴隷を運ぶ船の船員として働いていたことがあります。健康を損なって下船した後に、牧師として多くの讃美歌を作り、その中の一曲がAmazing Graceだというわけです。歌詞には、彼の悔恨が歌い込まれています。また、彼の乗船日誌が奴隷運搬船の実態を社会に知らせ、イギリスで奴隷廃止を法制化する大きな原動力になったということです。

 アメリカの音楽文化といえば、クリスマス・シーズン恒例の「メサイア」を12月7日にLincoln Hall Auditoriumで聴きました。A Soul-Filled Messiahと銘打ったこの演奏会は、アメリカ風メサイアのスタイルの一つなのでしょうか、種々のボーカル・グループが種々の型のメサイアを聴かせてくれました。最後は、大合唱団を背景にソプラノとテナーの独唱による賛歌で、聴衆も起立して手拍子を打つ盛り上がり様です。2時間の演奏を聴衆も一体となって楽しむメサイアは、異文化育ちの日本人を圧倒しました。

 皇太子妃雅子さんが12月1日に敬宮愛子(としのみやあいこ)さんをお生みになったおめでたいニュースは、アメリカのテレビでも放映されました。皇太子と皇太子妃の結婚式の映像を源氏物語絵巻からの図とダブらせて、エキゾチズムを匂わせていましたが、民主主義社会のアメリカにすれば当然でしょうか。日本でも話題になっているという女帝の可能性に、評論家が触れていました。男女同権の社会を実質化する上で、皇室典範の現代化改訂は大いに歓迎すべきことでしょう。

 アフガニスタン主義Afghanistanismという言葉が米語にあるようで、「余計なことに身を入れて身近なことを蔑ろにすること」だそうです。最近のニューヨーク・タイムズの論評は、ブッシュ政権がテロ事件を契機に、国民の基本的人権を侵害しようとしていると警告しています。また、911日以前と以後との政策の不一致を取り上げて、ブッシュ政権の政治モラルを問題にしています。失業率が5.7%になったことから、当分景気の回復は望めそうもないという声も聞こえて、クリスマス商戦もイマイチのようです。日本の失業率も5.8%とか、日本の歳末はどうなのでしょうか。世界経済全体の歩みも楽観できないようです。

20011210

ポートランドにて

小島英夫