日本のNews読者、友人の皆さんへ、

10月のPortland からCFRL News No. 28を添付資料としてお送りします。

北国のここPortlandでは、昼と夜の長さの差が秋分以来ずんずん大きくなってきています。気温も下がってきて、夜の屋外では上着が必要です。ところが室内は9月からスチーム暖房が入ったらしく、ラジエータの栓を締めておいても室温が上がって、夏よりも暑いくらいです。大学の公園区域Park Areaで土曜日毎に開かれる農家市Farmer’s Marketには、薄紅の秋の実のリンゴが健康な色彩を放ち、シイタケなど茸達も並んでいます。軽食も売られていて、ちょっとしたハイキング気分で人々が集まってくるようです。

September11のテロ以来、景気は良くならず、全体に憂鬱な気分が抜けきれない風です。こんな時代ですが、大学も社会も、多少の修正をしながらも従来の軌道を動いているのが、やはり伝統の力なのでしょうか。

アメリカ科学の20世紀後半の華々しい成果と、伝えられる学校教育、特に数学教育の低いレベルのアンバランスについては、時々話題になっているので、興味をお持ちの方も多いのではないでしょうか。日本社会の構造改革の一部として、国立大学の独立行政法人化が上意下達式に急速度で進行している様子を、友人のIさんがメールで送ってくれる多くの情報で遠望していますが、日本における大学の質の問題は、教育システムの問題である以前に、社会構造の問題であることを一層痛感するこの頃です。

そこで、817日に開かれた一つのシンポジュームを紹介して、アメリカの教育の一面を知っていただきたいと思います。勿論、アメリカ合州国の特徴の一つである多様性のために、ここオレゴン州とワシントン州の一部を基盤にしたこのシンポジュ−ムを全州に敷衍することは出来ません。しかし、多少の違いはあっても、似たような組織が各地域にあって、教育改革に取り組んでいることを予想させるのが、これまたアメリカの特徴でもあります。

青少年の科学・技術離れを食い止めるために1990年から始まったASEプログラムの、毎年度の締めくくりの行事がこのシンポジュームです。正式名称は「2001年科学・技術研修シンポジューム」(2001 Apprenticeships in Science and Engineering (ASE) Symposium) といい、高校生がASEプログラムで行った研究を発表する場で、夏休みの終わりの8月後半にオレゴン州内の大学で開かれます。今年は817日にポートランド市から南へ約1時間半のコーバリス市Corvallis, Oregonにあるオレゴン州立大学Oregon State University で開かれました。

ASEプログラムとシンポジュームについては、ASEシンポジュームのパンフレットに次のように説明されています。

In the Apprenticeships in Science and Engineering (ASE) Program, high school students work on-site as apprentices with mentor scientists and engineers form business, industries, universities, and government agencies. Apprentices work full-time for eight weeks during the summer, helping their mentors on real-life projects and learning first-hand about science or engineering as a career. Apprentices are assigned reading to provide the background needed to understand the project(s) to which they are assigned. This hands-on assignment is complemented by two group learning events called the Midsummer Conference and the ASE Symposium.

詳細について知りたい方は、次のWebsiteに詳しい説明があります: http://www.ogi.edu/satacad/ase

今年の例を題材に、このシンポの意味合いを簡単に紹介したいと思います。

前年の12月から4月にかけて、大学・研究所の指導教官を志望する研究者(mentor)と研修を希望する高校生(apprentice)とが、上記ウェブサイトの説明などを読んで、日本流に言うと「社団法人土曜アカデミー」とでもなるのでしょうかSaturday Academyに登録します。志望するテーマでの研修を許可された高校生は、基本的には夏休みの8週間に指導教官のもとで研修生活を送り、科学・技術の研究が実際にどのように行われるのか、自分の関心と適性はどの分野に向いているのかを知る機会を得ることになります。資金援助は地域の大学、財団、企業が行っているようですが、国立科学財団も援助をしているようです。研修をする高校生も指導する研究者も、それなりの賃金を貰うところは、アメリカ的です。

研究分野は、Archeology, Biology, Biomedicine, Chemistry, Computer Science, Engineering, Geology, Mathematics, Meteorology, Physics, Social Science (2001 の例)を含んでいます。

今年の発表数は150件で、各研究は生徒自身によって、午前の全体ポスター発表(2回に別れて各45分間)と午後の分科別口頭発表(各15分)とで発表されます。37室ある口頭発表会場での司会は、上記の組織に登録した高校教員が受け持っています。テーマ(研究機関)の例を、特色のある、短いものを、分野が偏らないように適当に選んで、紹介します。

/The Science of Testing Shoes at Nike (Nike Inc.)

/Using a Corporate Intranet to Provide Engineering Support Service (Tektronix Inc.)

/Groundwater Monitoring at Trojan Nuclear Plant (Portland General Electric)

/Oregon’s Rivers, Streams and Inhabitants are in Danger (Oregon Department of Environmental Quality)

/Garter Snake Pheromone Research (Oregon State University)

/High-Voltage Power Fuses (Bonneville Power Administration)

/Q Part – Java, XML, and Designing Web Interfaces for Engineers (Mentor Graphics Corporation)

/Design of a Chemical Detection System (ETEC Systems Inc.)

/Cold Fusion Research (Portland State University)

/What Roles Do Animals Play in World Cultures? ((Oregon Zoo)

/Home on the Range: Getting Rid of the Unwanted to Help the Wanted (USDI Bureau of Land Management)

/Silicon Wafers Don’t Grow on Trees, You Know (Wacker Siltronic Corporation)

/Botany and Plant Management (USDI Bureau of Land Management)

/Partnerships in Resource Management (USDA Forest Service – Wallowa-Whitman National Forest)

/Developing Webpages and Databases: What I Did During Summer Vacation (Hewlett-Packard Co.)

/Tracing the Oregon Trail, through Oregon’s Blue Mountains (USDA Forest Service)

/Experiences with Architecture and Engineering (Washington County Facilities)

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テーマと協力研究機関は、このように非常に多様です。指導者と機材・器具に恵まれて、どの研究もかなりの内容を含んでいました。面白いのは、多くの企業が自分の研究所を開放して、高校生に研究をさせている点です。宣伝も兼ねているのでしょうが、教育の社会的な位置の問題でもあるようです。

参加者には学内の一角に設けられた仮設屋外食堂で、大きなサンドイッチとりんご1個にジュウスの昼食が用意されていました。残飯は大きな袋に入れて食後に片付けられて、夕刻には跡形も無く綺麗になっていました。

このような草の根の努力がアメリカの社会全体の活性化を生み出していることを、われわれはもっと真剣に学ばなければならないでしょう。私が学生時代に、フランクリンの凧による雷の本性の研究を知った時、政治家フランクリンと科学者フランクリンが結びつかなかった奇妙なもどかしさを思い出しますが、日本とは異質な社会を理解するのが難しかったのでした。フランクリンの自伝に描かれた彼の自助自活の生き方が、アメリカには今も色濃く残っているところが、アメリカ民主主義の強さの秘密であるようです。

何かと話題になるアメリカを理解するには、社会の基盤における多様な動き、世界企業としての大会社の経済活動、および連邦政府としての行動様式を視野にいれる必要があり、その一面だけを取り出して論じたのでは、「群盲象を撫でる」の故事を再現することになるでしょう。それらの要因のダイナミズムを把握するのは、そう簡単なことではなさそうですが、とにかく興味のある国であることには間違いありません。現代世界の理解には、欠かせない国です。

2001.10.6.

Portland, Oregon, USA

小島英夫