CFRL ニュース No. 75          (2011. 4. 20)

Cold Fusion Research Laboratory (Japan) Dr. Hideo Kozima, Director

                            E-mail address; cf-lab.kozima@nifty.com 

                            Websites; http://www.geocities.jp/hjrfq930/

                                     http://web.pdx.edu/~pdx00210/

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   常温核融合現象CFP(The Cold Fusion Phenomenon) は、「開いた(外部から粒子とエネルギーを供給され、背景放射線に曝された)、非平衡状態にある、高密度の水素同位体(H and/or D)を含む固体中で起こる、核反応とそれに付随した事象」を現す言葉で、固体核物理学(Solid-State Nuclear Physics)あるいは凝集体核科学(Condensed Matter Nuclear Science)に属すると考えられています。

 

  CFRL ニュース No.75をお送りします。この号では、次の記事を掲載しました。

1. コンプレクシティ、常温核融合現象、そして地震。

2. 低レベル放射線の生理学的作用について

 

1.   コンプレクシティ、地震、そして常温核融合現象。

1.1 近代科学の成功と限界

16世紀に誕生した近代自然科学の成功の最大の要因は、要素還元主義と呼ばれる、自然界における複雑な現象の絡み合いの中から「一つの現象を取り出して、その本質を数学的に記述する」手法でした。他の諸現象と絡み合った自然界の状態(複雑系)から一つの現象を取り出すためには、その現象に本質的な要素を見極め、他の要素と切り離し、一つの純粋系を作り出して実験するという手法が用いられます。

このようにして作り出された純粋系で起こる現象は、微積分学をはじめとする数学の発達を促しながら近代物理学の発展をもたらしました。その成果は資本主義的生産システムで発展してきた近代工業に応用され、科学と工業の複合体としての近代物質文明を形成してきたと言えるでしょう。

「目的のためには手段を選ばず」という言葉がありますが、資本主義的生産システムを基礎にした物質文明における人間行動の動因(機動力)は、必然的に利益追求・利便性追求を第一とするものになります。このような性格を持つ人間活動が要素還元主義と結びついたとき、本来的に複雑で複雑系として扱われなければならない自然界を、自己目的に適った単純系とその付加物としての周辺系とに分割し、周辺系を厄介物と見るようになるのは必然的な成り行きでしょう。このような傾向を単純化と呼んで、これからの考察の一つの基本テーマとしようと思います。

現在、その中で我々が生きている社会には、学界、産業界、政治社会のどこを見ても、このような単純化は至るところに溢れているのですが、ここでは地震と常温核融合現象とを取り上げて、多少詳しく考えてみることにします。

1.2 地震

 2011311日に東日本大震災を引き起こしたマグニチュード9.0M9.0)の大地震が三陸沖で発生しました。貞観11526869713)に三陸沖で起きた大地震(推定M8.3)による津波の痕跡から、この辺りで大地震が起こる可能性のあることは予測されていた、というのが、地質学者の常識であったとおもわれます。

 この点に関しては、すでに地震学者のロバート・ゲラー氏(Robert Geller東京大学大学院理学系研究科、地震学)が、「大震法に科学的根拠はあるのか?」(「科学」Vol.73 No.9Sep.2003)で論じ、最近改めて”Shake-up time for Japanese seismology” (Nature 13 April 2011)で論じているところです。 http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature10105.html 

 地震の発生については、発生回数と強度の間にGutenberg-Richter(G-R)則とよばれるべき乗則が成り立ち、地震が複雑性現象であることを示しています。ゲラー氏の論文は地震学の立場から、「地震予知」が間違った科学的知識を基に政治的に法制化されたことを明らかにしていますが、複雑系現象として考えると、予知することの可能性を考えること自体が無意味で有害でさえあることは明らかなことも指摘しています。(Natureの論文では、複雑性現象としての側面を論じた部分は編集者の意見で削られたようです。)

 東日本巨大地震の発生によって、地震学の常識が通用しなかった日本の学界の非常識が暴露された形になりましたが、科学の常識、あるいは科学的思考がないがしろにされる傾向は、日本では特に目に付きます。日本の科学者の最大の責務は、いかにして科学的思考を日本の大学に、教育に、社会に根付かせるかにあると言っても良いのではないでしょうか。

1.3 常温核融合現象

 科学の研究においては科学的思考が用いられていること、したがって、科学界では事実に基づいて論理を進め、結論を実験によって確かめることが常識になっていると考えるのが普通でしょう。しかし、「地震予知」に関してゲラー氏が論じているように、この社会の中で行われる科学活動では、科学的思考が尊重されるとは限らないのが現実のようです。

 常温核融合現象が1989年に発見されてから22年になりますが、この研究領域にはいまだに科学的な基盤ができていないというのが実情ではないでしょうか。それが原因で、常温核融合現象は多くの科学者からまともな研究領域と思われていないようです。学界の名称一つ取ってみても、「帯に短かし襷に流し」ではないですが、最適な言葉を見つけられないでいます。ICCF14ProceedingsEditorsD.J. NagelM.E. Melichが指摘しているように、一時多く用いられたLow Energy Nuclear Reactionsも曖昧さがあります。実際、核物理学では同じ言葉が10 MeV以下のエネルギー領域での核反応に用いられています。

 “Cold Fusion Phenomenon” あるいは日本語で「常温核融合現象」と呼ぼうという私の提言は、このような状況を踏まえて、最初に用いられたCold Fusionを生かして新しい研究領域をアッピールしたいという思いを込めた用語です。そして、従来の物理学のどの分野からも外れたこの研究領域には、固体物理学(あるいは凝集体物理学)と核物理学の境界領域の特徴を併せ持った多様な事象が起こっています。

 常温核融合現象が起こる系が複雑な構造と特徴を持っていることは周知のことです。特徴としては、系が「開いた非定常状態にある、水素同位体と金属あるいは炭素からなる固体」であることが挙げられます。複雑な構造は、「水素同位体の固体内濃度が高く、分布が不均一である」ことに特徴があります。

 現象の含む事象は、核反応が起こっていると考えないと説明のつかない生成物を生ずることと、生成エネルギーの量が原子・分子反応では説明のできない程に多量であることでしょう。

 反応生成物の量と質に関して、いくつかの法則性が見つかっていますが*、中でも「べき乗法則」は常温核融合現象が複雑性現象であることを示す、最も重要なものです**McKubre et al. J. Dash et al. の過剰熱のデータをKozimaが解析した結果および157種の過剰熱のデータをH. Lietzが解析した結果によると、測定頻度過剰熱量に対する依存性は逆べき法則で表され、それぞれの場合の指数は、1.0, 2.0 および1.3になります。指数の数値そのものにはバラツキがありますが、依存性が逆べき法則に従うことは常温核融合現象が複雑性現象であることを明瞭に示しています。

 この結果は、常温核融合現象が定量的な再現性ではなく、定性的な再現性で特徴付けられることを示しています。ですから、定量的な再現性を追い求めることは無益な労力を費やすことであり、また定量的な再現性がないことを理由に常温核融合現象を科学の研究対象から除外しようとするなどは非科学的な判断と言わざるをえないのです。

 考えてみれば、放射性核226Raの崩壊でも、半減期1.60×103 yというのは、N個の核の中でどの核が崩壊するかは分からないけれどもこの時間内に半数の核が崩壊するという統計的法則でしかない訳です。このことから、原子核の崩壊は科学の対象から外すべきであるなどと言う核物理学者が出てくることは考えられませんから、常温核融合現象に関して、多くの核や素粒子の研究者が否定的である態度は非科学的としか言いようがないのです。

*H. Kozima, “Complexity in the Cold Fusion Phenomenon,” Reports of CFRL (Cold Fusion Research Laboratory) 8-1, 1 - 22 (August, 2008). http://www.geocities.jp/hjrfq930/Papers/paperr/paperr.html.  And also Proc. ICCF14, pp. 613 – 617 (2010). ISBN: 978-0-578-06694-3

** H. Kozima, The Science of the Cold Fusion Phenomenon, Section 2.12, Elsevier (2006). ISBN-10: 0-080-45110-1.

** H. Kozima, W.W. Zhang and J. Dash, “Precision Measurement of Excess Energy in Electrolytic System Pd/D/H2SO4 and Inverse-Power Distribution of Energy Pulses vs. Excess Energy,” Proc. ICCF13, pp. 348 – 358 (2008). ISBN 978-5-93271-428-7.

** H. Lietz, "Status of the Field of Condensed Matter Nuclear Science", Working Paper, Mittweida University, August 2008.

And also H. Kozima,Cold Fusion Phenomenon in Open, Nonequilibrium, Multi- component Systems” Reports of CFRL (Cold Fusion Research Laboratory) 11-6, 1 -13 (April, 2011). http://www.geocities.jp/hjrfq930/Papers/paperr/paperr.html.

 

2. 低レベル放射線の生理学的作用について

 20056月に米科学アカデミーが放射線被爆についての一つの報告書を発表した。日本の新聞にも次のような記事が掲載された(200571日、「毎日」、太字は引用者)

<低線量でも発がん危険

 【ワシントン=共同】放射線被ばくは低線量でも発がんリスクがあり、職業上の被ばく線量限度である五年間で百ミリシーベルトの被ばくでも約1%の人が放射線に起因するがんになるとの報告書を、米科学アカデミーが世界の最新データを基に三十日までにまとめた。報告書は「被ばくには、これ以下なら安全」と言える量はないと指摘。国際がん研究機関などが日本を含む十五カ国の原発作業員を対象にした調査でも、線量限度以内の低線量被ばくで、がん死の危険が高まることが判明した。

 低線量被ばくの人体への影響をめぐっては「一定量までなら害はない」との主張や「ごく低線量の被ばくは免疫を強め、健康のためになる」との説もあった。報告書はこれらの説を否定、低線量でも発がんリスクはあると結論づけた。業務や病気の診断や治療で放射線を浴びる場合でも、被ばく量を低減する努力が求められそうだ。

 米科学アカデミーは、従来被ばくの発がんリスクの調査に用いられてきた広島、長崎の被爆データに加え、医療目的で放射線照射を受けた患者のデータなどを総合し、低線量被ばくのリスクを見積もった。 

 それによると、百ミリシーベルトの被ばくで百人に一人の割合でガンを発症する危険が判明。この線量は、胸部エックス線検査なら千回分に相当するという。また、百ミリシーベルト以下でもリスクはあると指摘。十ミリシーベルトの被ばくになる全身のエックス線CTを受けると、千人に一人はがんになる、とした。>

 このアメリカ科学アカデミー(NAS National Academy of Science)の2005年報告をどのように評価すべきかについては、NPO法人 市民科学研究室のウェブサイト(下記)に詳細な説明があり、放射線の人体への影響を考えるときに参考になる。http://www.csij.org/archives/2007/01/_beir_vii.html

 その記事の中に、低線量放射線の影響についての学説が次のように整理されている:

<これまで低線量の放射線の影響については、大きく分けると、(1)ある量以下なら安全である、つまり「しきい値」があるという説、(2)低線量域においても高線量域の場合に比例して影響があるとするLNT(直線しきい値なし)説、(3)低線量であれば、被曝すると生命活動が活性化されるというホルミシス効果があり、かえって健康によいという説、(4)逆に、ECRR などのように、これまで低線量被曝の影響は過小評価されてきたとして、外部被曝だけでなく体内に取り込まれた放射性物質による内部被曝をも考慮に入れると、低線量においてはより影響が大きくなることがある、という見方があった。>

 

 生命体に関する問題では、すべての事象に個人差が大きいことは周知のことであり、放射線が生命体に与える影響についても例外ではないだろうことは、素人にも推測できる。原因ー結果に定量的再現性がないと科学の対象に成らない、という立場では、生命現象はいつまでも科学の対象にならないことになる。

 生命現象に科学的アプローチをするときの困難の基本的な問題は、生命体が複雑系であることに起因するのではないだろうか。

それはさて置き、2011311日からの東日本大震災に、地震と津波という自然災害にとどまらす、福島第一原発からの放射性物質飛散と風評被害という二つの人的災害が加わったのは、不幸なことであった。このような状況では、地震という物理的自然現象に科学的に取り組む姿勢を改めて確認することに加えて、人体への放射線の影響という生物学的現象への科学的な取り組みが焦眉の問題である。

上記市民科学研究室による放射線の影響に関する学説(仮説と言う方が分かりやすい)のうちの(3)ホルミシス効果に依拠して、「低線量放射線は健康に良い」と説いている医学者(?)もいるようだが、NAS2005年報告もある現状では、「疑わしきは避ける」方が無難な対処法であるというのが、科学的なのではないだろうか。