CFRL News No. 32 (2002. 2. 10)

                 常温核融合研究所      小島英夫

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   CFRL News (Cold Fusion Research Laboratory News) No. 32 をお届けします。

   32号では、次の記事を掲載しました。

1) “Arata Cell”を用いた実験における過剰熱.Q, ヘリウム44He, ヘリウム33He and トリチウム3Hの測定について

 

 

 

1. “Arata Cell”を用いた実験における過剰熱.Q, ヘリウム44He, ヘリウム33He and トリチウム3Hの測定について

 この12年間における常温核融合(CF)研究において、ヘリウム44Heは特別の意味を持っています。自由空間におけるd-d 融合反応は、次の三つの分枝を持ち、その分岐比は1:1:10−7です。1) 3Heと中性子  , 2) 3H と陽子 , 3) 4He23.8 MeVのエネルギーをもつガンマ線をそれぞれ発生する分枝。  

 CF実験において、4Heはかなり頻繁に測定されており、その量は通常考えうる核反応で期待される開放エネルギーにほぼ対応することが分かっています。この事実は、一部のCF研究者からは固体中でdd融合反応が起こることを示していると受け取られていますが、他方で多くの物理学者をCF研究から遠ざけている原因にもなっているようです。

最近、同じ型の陰極(Arataセル)を使った実験において、いくつかの測定がなされました*。次の4個の興味ある実験データ[1 – 4]を、TNCFモデルを用いて解析した結果、次のことが分かりました。1)陰極外での4Heと過剰熱の発生、および2)陰極内でのトリチウムの発生と4Heの不在は、半定量的に矛盾なく説明できる。

実験結果の概要は、以下の通りです。

1Y. Arata et al. は、Arataセルをつかって過剰熱と核生成物を測定した[1]. 彼らのデータによると、過剰熱は100 MJ の程度で、陰極の、Pdブラックを封じ込んだ空洞内 4Heを検出し、その量は3ヶ月で1015 /cm3 以上であった。

2. McKubre et al.Arataセルを用いた実験を行い、Arata et al.と同程度の過剰熱を観測した。(3ヶ月に64 MJ)[2]

3. W.B. Clarke [3]は、Arataセルの空洞内3He4Heの濃度を測定した。試料はR. Georgeを通してY. Arataから提供されたもので、100 MJ程度の過剰熱を発生したものである。Clarkeの測定結果は否定的で、同様な過剰熱を発生したArataセルでArata et al. が測定した結果に比べて、3He 4Heの濃度は109 および 106 倍少なかった。

4. W.B. Clarke B.M. Oliver[4] は、セルの空洞内トリチウム 3Heおよび 4He 濃度を測定した。用いたArataセルはY. Arataから提供され、SRIMcKubre et al.[2] 64MJの過剰熱を測定したものである。結果は、 4He については[3]のものと同様で、非常に少量の 4Heは試料中に捕捉された空気中の4He で説明できる。 3Heはトリチウム崩壊物として説明できる。トリチウムの量は 2 – 5×1015 原子であった。さらに、 Clarke et al.Arataセルの外壁の表面層内(厚さ0.1mm)で 5.5×1010 atoms 4Heを測定した。この量は、過剰熱に相当する4He が陰極の外面で生じたとすると、その3億分の一が表面層に残ったことになる、とClarke達は主張している。

5. 実験結果にたいするコメント

 Clarke[4]の測定したトリチウムの量は、エネルギーに換算すると1.3 – 3.1 kJ (反応が d + d = t + p + 4.03 MeVのとき) 、あるいは 2.0 – 4.8 kJ (反応がn + d = t + gamma (6.25 MeV)のとき)となり、同様の陰極でArata-Zhang の測定した約100 MJ [1]および同じ陰極でMcKubre et al.が測定した64 MJ [2]に比べて、けた違いに少ないことがわかります。

6. 私の考えは度々書いたり、言ったりしていますが、 d–d 融合が室温程度の固体中で起こることは不可能だというものです。(cf. CFRL News No. 27, item 2 ,T. Chubbの記事にたいするコメント).そこで、同じ型の陰極を使った上記論文McKubre et al. [2], Clarke [3] および Clarke et al. [4]のデータをTNCFモデルを使って解析しました。(詳細は別に発表の予定。)

用いたデータは、3ヶ月における過剰熱 Q = 64 MJ [2], 陰極中の 4He の不在[3,4], 陰極中でのトリチウムの発生Nt = 2.0 – 4.8×1015 原子、および陰極外壁の0.1mmの層での4He の存在限度5.5×1010 [4]です。

(a) 過剰熱Q の値から、TNCFモデルの処方箋に従い、陰極の外表面層1ミクロンでの反応 n + 6Li = 4He + 3H + 4.8 MeVを仮定して、モデルのパラメータを決めます:

 nn = 9.0×109 /cm3

この反応で生ずる4Heの量は 8.3×1019 個です(すべての過剰熱がこの一種の反応によると仮定)4He の測定データは前から発表されており、Morrey et al.[5]Miles et al.[6]のデータをTNCFモデルで解析に成功したことは既に発表しました[7]

(b) 上に求めたパラメータを使うと、陰極内のPdブラックでのトリチウムの発生量を計算できます。用いる反応はn + d = t + gamma (6.25 MeV)です。(同じnnを用いる理由はありませんので、そのときは12桁の違いは覚悟すべきでしょう。また、この反応のガンマ線はフォノンに置き換えるのが適当なのでしょう。このあたりの理由は、昨秋のソルトレーク学会での発表論文に書きましたが、まだ論文集は発行されていません)計算結果は、3ヶ月間のトリチウム量がNt = 8.1×1016となります ( 6Li の存在比は天然比 7.4% と仮定).

 この量は測定値2.0–4.8×1015 (Clarke et al.[4])に対応すべきものです。明らかに一桁以上大きく、同じnnをとったことがその原因でしょう。そこで、Clarke達のデータからnnを決めることにすると、

nn = 3.7×108 /cm3

となります。(測定値に 2.0×1015を仮定)Pdブラックでの捕獲中性子密度が外壁のPdでの値より約一桁小さいことは、妥当なような気がしますが、今のところ説明できないと言っておくのがよいでしょう。

(c) 次に、Clarke[4]の外壁表面0.1mm層での4He 5.5×1010 を理論的予想値8.3× 1019(cf. (a))と比べます。このときに問題になるのが、SRIでの陰極の取り扱いです。論文[4]によると、この陰極はJan. 29, 1999に電解実験が終わってから

February 27, 1999まで電流を遮断してあり、それからMay 11, 1999まで、逆電圧下で電気分解を行ったとのことです。なぜ、この逆電圧電解をしたのか、不明ですが、結果は明らかにPd電極(Arataセル)の表面から表面層を溶かし去ることになったでしょう。Okamoto et al.ICCF4の論文が示すように、表面には数ミクロンのLiの多い層ができています。この層内で上記n + Li反応が起こることが予想されるのですが**、その結果生ずる4Heは殆どが液中に出てしまい、表面層に残るのは3%程度のようです[7]Clarke達が測定した電極は、逆電圧電解を3月もした後のものですから、表面層はなくなり、4Heも当然消失していたでしょう。

   Clarke達の測定値 5.5×1010 n + 6Li = 4He + 3H + 4.8 MeVから予想される量の6.6×10– 8 %に相当しますが、当然と言えるでしょう。これをもってMorrey達やMiles達のデータを否定することはできません。

(d) 以上の解釈には、残された問題点があります。

Clarke et al.[4] は陰極外壁中での3Heの分布を測定しています。分布は勾配が外向き、すなわち内側で高密度になっています。このことから、Clarke達は、内部で生じた(彼らが測定した)トリチウムが外壁中を拡散し、ベータ崩壊生成物の3Heが実験結果の分布を生じたとして、説明しています。彼らによれば、外壁表面でのn + 6Li = 4He + 3H + 4.8 MeV反応はありえない、ことになります。

本当にそうでしょうか。一つの疑問があります。Pd金属中では水素が大きな拡散係数をもっており、かなり自由に拡散します。しかし、PdLi合金での拡散係数はどの位なのか、ちょっとデータが見当たりません。

素人考えすると、PdLi合金ができたき、その構造はPdHPdDと似ていて、Liが格子間位置を埋めているでしょう。そのような構造では、Dは拡散しにくいことは明らかです。今のところ、これは仮定ですが、表面で生じたトリチウムが内部へ拡散することはないのかも知れず、その方が実験データと整合することになります。

 (e) (a)で仮定した反応n + 6Li = 4He + 3H + 4.8 MeVは、McKubre達の実験[2]Q = 64 MJの過剰熱と8.3×1019個のトリチウムおよび4He を生じたはずです。さらに、他の実験で示されているように、核変換を伴うような核反応も起こりえます。同じArataセルという陰極を使った実験ですから、もし陰極内部、外部で4He 3H、核反応生成物、中性子などの測定を、逆電圧電解の前に行っていたならば、CFPのメカニズムを解明するための貴重なデータが得られたことでしょう。論文[2]には、それらについての記述がないので、判断できないのが残念です。

 

7. そういう訳で、TNCFモデルを使った解析により、同じArataセルを使った実験データ[2,3,4]が、矛盾無く説明できることが分かります。(ただし、3Heのセル外壁内での分布については、PdLi層の性質に絡んだ曖昧さが残っています。)

他方、Arata et al.[1]4Heのデータは、他のデータと整合せず、どちらを採るかと言われれば、[1]よりは[34]を採ると言わざるを得ないでしょう。また、30年以上のキャリアを誇るClarke達の技術を信頼したいと思います。

 ここで補足しておきたいことは、ここで決めたパラメータの値nn = 9.0×109 /cm3が、他の実験を解析して得られた値(108 –1013 / cm3) [8]の範囲にあることです。どうやら、CF現象が起こるための必要条件の一つとして、nnがこの程度の値になることを挙げてもいいようです。

 

8. 理論的には、常温の固体内でd-d融合反応が起こりえないことははっきりしていると言ってよいでしょう[9,10].。ところが、何とかして固体中でdd融合反応が起こることを示したいとか、量子力学を改革して微小水素元素や新種化合物を存在させたいと考える傾向が、CF研究者の中には無くもないのです。

量子場の理論を適用するとフォノンがdd融合反応を可能にする、という予想に囚われた論文も後を絶ちません。フォノンの最小波長が10–8 cm程度で、核力の作用範囲が10–13 cm程度であることを考えれば、どんなに手を尽くしてもフォノンに助けを仰ぐことは見当違いと思えるのですが、どちらの常識が正しいのでしょうか。

また、量子力学が固体や原子核(低エネルギー領域)で有効なことは確立された原理だと思うのですが、その常識を踏み越える勇気のある研究者がいることも驚きです。

私見では、このような理論的な“事実”と上にあげた実験的な事実から、これまでに重水素系と軽水素系で得られた、過剰熱、4He およびトリチウムなどのデータを説明するには、dd融合反応以外の機構を基本反応と考える必要があるでしょう。.その際に、量子力学と矛盾しない仮定を用いることが必要です。誤解があるかもしれないので、TNCFモデルの捕獲中性子が量子力学と矛盾しないことを強調したいと思います。さらに、その妥当性を量子力学的に説明することが、現在進行形で行われていることに注意したいと思います。

 

9. Clarke[3]Clarke et al.[4]の論文にたいして、letters to the editorが寄せられているようです。FS&T3月、および5月号に掲載されるとのことですので、関心のある方は注意してください。できれば、このNewsでも取り上げたいのですが、事情が輻輳しており、取り扱い要注意みたいなことになっているので、確約はできません。

 

(*) CFRL News No. 31, 2,で論文[6, 7, 8](同項目の文献番号)について説明しましたが、説明が不正確でした。正確な説明はこの報告の2.から4.項にありますので、ご参照ください。不正確な説明で読者と著者にご迷惑をおかけしたことをお詫びします。

 

(**) 拙著“Discovery, Section 11.8d”[11]Arataセルの4Heデータの解析をしていますが、その際にPdLi合金がセル内に存在することを仮定しています。

しかし、今回のClarkeの論文で、セル内でのこの仮定は正しくないことがはっきりしました。したがって、Section118dの解析は、外壁表面に適用すべきです。セル内での4Heの発生は非常に少ないと考えざるをえません。Arataセルでの1020–1021 /cm34Heの発生[1,11]TNCFモデルでは説明できません。

 

References

(1) Y. Arata and Y.-C. Zhang, “Anomalous Production of Gaseous 4He at the Inside of ‘DS-Cathode’ during D2O-Electrolysis,” Proc. Japan Acad., 75B, 281 (1999) and their papers cited therein.

(2) M.C.H. McKubre, F.L. Tanzella, P. Tripodi, and P. Hagelstein, “The Emergence of a Coherent Explanation for Anomalies Observed in D/Pd and H/Pd Systems; Evidence for 4He and 3H Production,” Proc. 8th Int. Conf. Cold Fusion (Lerici, Italy, may 21 – 26, 2000), p. 3, F. Scaramuzzi, Ed., Italian Physical Society (2001).

(3) W.B. Clarke, “Search for 3He and 4He in Arata-Style Palladium Cathodes I: A Negative Result,” Fusion Science and Technology, 40, 147 (2001).

(4) W.B. Clarke, B.M. Oliver, M.C.H. McKubre, F.L. Tanzella, and P. Tripodi, “Search for 3He and 4He in Arata-Style Palladium Cathodes II: Evidence for Tritium Production,” Fusion Science and Technology, 40, 152 (2001).

(5) J.R. Morrey, M.W. Caffee, H. Farrar IV, N.J. Hoffman, G.B. Hudson, R.H. Jones, M.D. Kurz, J. Lupton, B.M. Oliver, B.W. Ruiz, J.F. Wacker and A. Van Veen, "Measurements of Helium in Electrolyzed Palladium", Fusion Technol., 18, 659 (1990).

(6) M.H. Miles, B.F. Bush and J.L. Lagowski, “Anomalous Effects Involving Excess Power, Radiation, and Helium Production During D2O Electrolysis Using Palladium Cathodes,” Fusion Technology, 25, 478 (1994).

(7) H. Kozima, S. Watanabe, K. Hiroe, M. Nomura, M. Ohta and K. Kaki, "Analysis of Cold Fusion Experiments Generating Excess Heat, Tritium and Helium", J. Electroanal. Chem. 425, 173 (1997) and 445, 223 (1998).

(8) H. Kozima, K. Arai, M. Fujii, H. Kudoh, K. Yoshimoto and K. Kaki, "Nuclear Reactions in Surface Layers of Deuterium-Loaded Solids" Fusion Technol. 36, 337 (1999).

(9) H. Kozima, Discovery of the Cold Fusion Phenomenon–Evolution of the Solid State - Nuclear Physics and the Energy Crisis in 21st Century, Ohtake Shuppan KK., Tokyo, Japan, 1998, (cf. Tables 11.2 and 11.3).

(10) A.J. Leggett and G. Baym, “Exact Upper Bound on Barrier Penetration Probabilities in Many-Body Systems: Application to “Cold Fusion””, Phys. Rev. Lett., 63, 191 (1989).

(11) S. Ichimaru, “Nuclear Fusion in Dense Plasma”, Rev. Mod. Phys., 65, 255 (1993).