CFRL News No. 25 (2001. 6. 10)

                 常温核融合研究所      小島英夫

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   CFRL News (Cold Fusion Research Laboratory News) No. 25 をお届けします。

   25 号では、

1) Rolison and W.E. O’Grady, “Observation of Elemental Anomalies at the Surface of Palladium after Electrochemical Loading of Deuterium and Hydrogen” Analytical Chemistry   63, 1696-1701 (1991)

2) McKubre et al. Proc. ICCF8 p.3 “The Emergence of a Coherent Explanation for anomalies Observed in D/Pd and H/Pd Systems: Evidence for 4He and 3He Production”

3) First Announcement for ICCF9 (Beijing, May 2002)

を掲載しました。

 

1. Rolison and W.E. O’Grady, “Observation of Elemental Anomalies at the Surface of Palladium after Electrochemical Loading of Deuterium and Hydrogen” Analytical Chemistry   63, 1696-1701 (1991)

前号で予告しましたように、この論文について考察したいと思います。

この論文では、重水あるいは軽水にLi2SO4を加えた電解溶液を使って、Pd箔陰極、Pt陽極で電解し、Pdの中の異種元素を検出しています。元のPdの中の不純物は、Pt 200 ppm, Rh 50 ppm, Ag 100 ppm, Cu 50 ppm, Mn 10-15 ppm, Ni 200-300 ppm, Si 20-40 ppm となっています。Pd中のロジュウムRhは、電解電気量がー105クーロンになるまで増えつづけ、それ以降はほぼ一定になります。その量は、Pd40%に達しますが、表面から数ミクロンの所に局在しています。主に重水で実験していますが、軽水でも似たような結果が得られています。銀Agについてはデータが少ないのですが、似た傾向です。

この結果の説明には、3種類の原因が考えられます。

1.        陰極のPd中の不純物が表面に出てきて析出した。

2.        陽極のPt中の1ppm以下の不純物が溶出して、Pd陰極表面に析出した。

3.        Pdの表面層でRhが核変換によって生じた。

Rolison達は1の解釈をとっています。厚さ0.127mmPd箔に含まれるRh25%が表面に析出したとすると、実験結果は説明できるそうです。このような現象は、電界をかけた金属中では起こりうるそうで、説明に必要なRhの移動度は、不合理な値でないようです。このようなことが起こるとすると、常温核融合実験での核変換物質の測定では、金属中の不純物に十分注意する必要がありそうです。

次に、Pt陽極中の不純物が溶出した可能性ですが、Rolison達は否定しています。Ptの純度が99.999%であることから、RhAgが実験結果を説明できるほど多量に存在するとは考えられないとしています。

最後に、核変換の可能性があります。102Pd, 108Pdが中性子を吸収して、103Pd, 109Pdになり、これらの同位元素はそれぞれ電子捕獲とベータ崩壊で103Rh, 109Agになります。Rolison達もこの可能性には注目していますが、軽水系でも現象が起こることから、常温核融合現象(CFP)の証拠とは考えないことにしています。

この点は、次項でも触れますが、1989年以来の因縁のある問題です。News No.24で述べた、中性子の発見にまつわるエピソードで予想の大切さを強調しましたが、同時に大それた見こみ違いを起こすのも予想が原因になります。CFPは重水系でしか起こらない、という先入見が、多くのCFPの研究者と殆どの批判者を惑わせ、議論を不毛なものにしてきたことは、周知の通りです。

Rolison達の結果を、上記の核変換で説明しようとしたときの困難は、幾つかあります。一つは、RhAgの量の問題です。102Pd108Pdの存在比、中性子吸収断面積、103Pd, 109Pdの崩壊定数を考えると、Agの方が100倍くらい多く存在する筈です。したがって、実験結果を説明するには、Agが表面層から溶出する可能性を考えなければなりません。しかし、電解中にはそのようなことは起こり得ない、というのが、専門家の意見です。

厚さ数ミクロンの表面層に局在したRhAgという異種元素の発生は、TNCFモデルでこれまで説明してきた、多くの核反応生成物と似た性質のものであり、Rhの発生量を説明するために必要な捕獲中性子密度は

nn = 3.5 ×1013 cm3

となって、他のデータ解析の場合と比べて、決して不合理な値ではありません。

なお、この数値自体の意味については、表面層での中性子ブロッホ波の局所的コヒーレンスが利いてくることを何度か述べました。また、最近指摘した中性子ヴァレンスバンドの可能性も、この数値の妥当性に関係してきます。

謝辞:電気分解の初歩をご教授いただいた、横浜国大の太田健一郎教授に感謝します。

 

2. M. McKubre, F. Tanzella, P. Tripodi and P. Hagelstein, “The Emergence of a Coherent Explanation for anomalies Observed in D/Pd and H/Pd Systems: Evidence for 4He and 3He Production” Conference Proceedings 70 (Proc. ICCF8) p.3, F. Scaramuzzi Ed., SIF, Bologna (2000)

 

SRI InternationalMike McKubreは長い間精力的にPd/D電解系の実験に取り組んでおり、信頼できるデータを出していることで知られています。

ICCF8で発表した論文の内容は、Arataセルによるものを含む注目すべきものです。News No.15ICCF8報告(3)で紹介した[029]の論文がこれで、S/N比の大きい試料であるPdブラックを使ったArataセルにより、過剰熱とトリチウムを測定した結果も報告されています。

Arataセルについては、日本でも注目され、1997年に電力中央研究所で再試が行われましたが、その時はプラスの結果がでなかったということでした。News24号で紹介したMiles et al.のデータの解釈といい、実験は難しいものです。

Arataセルについては、拙著Discovery 6.2f節で詳しく紹介しています。Arata氏の共同研究者Zhangさんによると、一回の実験に6ヶ月位かかることもあるということですが、McKubreのところでも1ヶ月位はかかったようです。Arata-Zhangは始め過剰熱を、その後He4を観測していて、そのTNCFモデルによる解釈は上記拙著に与えられています。そのときはトリチウム(あるいはHe3)は観測にかかっていなかったのですが、McKubreたちはHe3を観測して、それをトリチウムが崩壊した結果と解釈しています。

話を元に戻して、McKubre達の実験の話をしましょう。彼らの報告は、4種の実験を含んでいます。

.Pd, Pd合金線条陰極とD2Oを用いた開放系電解槽による実験。Miles達の実験の再試の意味を持つ。

2.炭素上のPdDあるいはHを気相吸蔵させたときの実験。Caseの実験の再試の意味を持つ。

3.金属槽に密閉したPd線条陰極にDを電解吸蔵させた密閉系電解槽実験。

4.Pdpalladium blackを用いたArataセルの実験。ArataZhangの実験の再試の意味を持つ。

 彼らの解析の立場は、次の反応式を基にしたものです:

   d + d 4He + 23.82 MeV (lattice)                                                       (1)

まず、この立場での、実験結果とその解釈を紹介します。

実験1.4Heと過剰熱を測定した。4Heの測定量は、過剰熱の量から式(1)を使って推測した4Heの量の76±30%である。

実験2.Dのときにだけ、時間に対して指数関数的に増加する過剰熱と4Heの発生が測定された。測定された4He一原子あたりの過剰熱は31±13である。

実験3100mm×1mmφのPd線条陰極とD2Oの実験で、82Jの過剰熱と4Heを測定した。気体中の4Heの量は式(1)から予想される量の62%だった。試料中の4Heを測定すると、4Heの全量は予想される量の104±10%になった。

実験4.重水系で86日間の実験により64±6MJの過剰熱を測定した。実験後にArataセルの内容を調べ、かなりの量のトリチウムとHe(トリチウムの崩壊によると思われる)および少量の4Heを測定した。

 これらの結果(13)から、彼らは過剰熱と4Heの発生は式(1)の反応が起こっている証拠である、また4ArataZhangの結果を確認するものと結論している。

 Arataらが多量の4Heを測定した実験結果については、拙著Discovery 6.2fで紹介し、11.8dで一つの解釈を示している。その際に多量のトリチウムが生ずることが予想されるが、Arataらの実験ではトリチウムが測定されず、今回のMcKubreらの実験では4Heが測定されていないのは、何が原因であろうか?

それはさておき、4Heの発生についての説明の他の可能性を指摘しておきたい。

固体中で式(1)の反応が起こる確率は、核間のクーロン力のために非常に小さいことはLeggett and Baym, Ichimaruらによって論じられており、このNews No.22 2)でも紹介した通りです。そこで、中性子の介在した、自由空間で起こる次の反応式を見てください:

n + d t (7.0 keV) + γ(6.25 MeV)                                                         (2)

t + d 4He (3.5 MeV) + n (14.1 MeV)                                                    (3)

ここで、式(2)の右辺のγ線が固体中では何等かの原因で式(1)の仮定する格子( lattice )のエネルギーになるとし、他の粒子のエネルギーも格子内で緩和する(格子latticeの熱エネルギーになる)とすると、式(2)と式(3)の和を取り、左右両辺で共通の項を消すと、次の式が得られます:

d + d   4He + 23.8 MeV (lattice)                                                            (4)

これは、式(1)そのものです。違いは、式(1)が、直接のd-d反応を仮定しているのにたいして、式(4)は中性子の介在した2種の反応の結果として現象的に現れたことです。したがって、実験結果の数値関係から、単純にd-d反応が固体中で起こると結論することは危険です。

何度も指摘してきたように、核力の作用範囲1013cmの距離までクーロン力に抗して原子核を近づけるには、格子間隔程度〜108cmの波長のフォノンは無力なので、何か他の手段を考えないといけないでしょう。

なお、TNCFモデルでは、式(2)と式(3)の起こる確率が同じではありませんから、4Heの量と過剰熱の量は式(4)から予想される、4He 1個あたり23.8MeVではありません。過剰熱はもっと多くなるでしょう。どのくらい多くなるかは、表面層での中性子ブロッホ波の状態によることです。最近の中性子バンドの計算によると、式(2)のガンマ線が担うはずのエネルギーの中性子滴への、さらにそれを通じての格子への緩和、式(3)の起こる確率などは、自由空間における反応の値とは全く異なる可能性があります。

 

3. The First Announcement for ICCF9.

9回常温核融合国際会議が2002年5月21−25日に北京で開かれることが決まりました。下記のメールにあるWebsiteで詳細をご覧ください。

Dear Colleagues and Friends,
   I am glad to make the first announcement for ICCF-9. We have the Website and
e-mail address now for The Ninth International Conference on Cold Fusion.
That is:
http://iccf9.global.tsinghua.edu.cn
and the e-mail address:
Iccf9@tsinghua.edu.cn

 Your early suggestions and comments would help us to make a better
arrangement for ICCF-9.
 We are looking forward to seeing your early reply (Pre-registration!).
Sincerely yours,
Li, Xing Zhong
Mailing address:
Prof. Li, Xing Zhong
Dept. of Physics, Tsinghua Univ., Beijing 100084, CHINA
Tel.: 86-10-6278 4343
Fax: 86-10-6278 4343