CFRL News No. 19 (2000..12. 10)

                 常温核融合研究所      小島英夫

   CFRL News (Cold Fusion Research Laboratory News) No. 19をお届けします。

   19 号では、

1)     新しい論文がJ. New Energyにでました,

2) 中性子星媒質における中性子と陽子のクラスターの存在について、

3) George MileyFusion TechnologyEditor退任について、

を掲載しました。編集の都合でロシア会議の詳細は次号に譲ります。

 

1) H. Kozima, “TNCF MODEL A Possible Explanation of Cold Fusion PhenomenonJ. New Energy Vol. 5, p. 68 (2000).

Abstract

The TNCF model with a single adjustable parameter for the cold fusion phenomenon (CFP), a complicated phenomenon composed of various events occurring in complex systems, is explained as an example of the phenomenological approach with several Premises based on experimental facts. Applied to many selected data sets, the model has given consistent explanations of CFP and therefore the Premises of the model may be taken as reflections of some phases of physics in the materials where occurred CFP. Selection of more than 60 data sets explained by the TNCF model has a statistical meaning even if each data set may include some faults or errors in it. Physical bases of the Premises are investigated upon physics of neutrons in solids.

 

この号には、能登谷さん達の次の論文もでています。

R. Notoya, T. Ohnishi and Y. Noya, “Products of Nuclear Processes caused by Electrolysis on Nickel and Platinum Electrodes in Solutions of Alkali-metallic Ions J. New Energy Vol. 5, p. 88 (2000)

別の機会に紹介したいと思います。

 

2) 中性子星媒質における「中性子と陽子のクラスター」の存在について

二つの論文を読みました。

[1] G. Baym, H.A. Bethe and C.J. Pethick, "Neutron Star Matter" Nuclear Physics A175, 225 - 271 (1971).

[2] J.W. Negele and D. Vautherin, "Neutron Star Matter at Sub-nuclear Densities" Nuclear Physics A207, 298 - 320 (1973).

 驚いたことに、TNCFモデルで考えたことが、ほとんどそのままこれらの論文で論じられています。そのことを説明したいと思います。

1. まず、次の文章をお読みください。([1]p.249

“----- This modification of A (nucleon number in a cluster of neutron and proton) due to lattice interactions strikingly illustrates the subtle interplay between nuclear and solid-state physics that takes place in neutron stars.”

 中性子星neutron starの存在が初めて現実の物とされた時期のこれらの論文では、核子の密度nを決めたときに、空間的にどのような定常状態が実現するかを計算しています。中性子のベータ崩壊に対する安定性、N個の中性子とZ個の陽子とZ個の電子の集団がどのような空間的分布を示すか、安定なZ/N比はどうなるか、といったような問題です。主な相互作用は、核子間の核力相互作用と荷電粒子間のクーロン相互作用です。

まず、一定の密度n(0) 以上でZ/Nが有限な(N=0にならない)状態が安定になる事がわかります。

次に、一様な分布をするより格子状の不均一構造をとる方が、系は安定になります。その構造というのが、上に引用した文章が示すような、固体の結晶構造に非常に似通ったものなのです。

 それをCoulomb latticeと呼んでいますが、それは一定の間隔に配列したクラスターとその間を埋める中性子ガスからなり、クラスターはZ個の陽子とN個の中性子(とZ個の電子)を含んでいるので、n-pクラスターと呼んでいいでしょう。

クラスター間の間隔、つまりCoulomb latticeの格子定数はnに依存し、nが増すと小さくなり、nの大きな極限でゼロになります。他方、Z/Nはnが増すと小さくなり、極限でゼロになります。これは中性子星に相当する状態です。

クラスター内の陽子と中性子の分布は、当然のように数の多い中性子が広く分布し、陽子の分布を包み込んでいます。

Z/Nが有限になるn(0) の値はどのくらいか、が問題です。[2]ではn=10^{35}/cm^{3}から上の密度で計算されています。用いられている近似の適用範囲を考えると、もう少し低密度まで適用可能なようですので、10^{30}まで外挿して考察することにします。

2. ここでTNCFモデルを思い起こします。

TNCFモデルでは、捕獲中性子の存在を仮定し、その密度をn_{n}として実験データから決めました。この一個のパラメータを使って、一試料で最大3個の独立な測定値の間の関係を説明できたのが、このモデルの取り柄であったわけでした。n_{n}の値は10^{8} - 10^{12} cm^{-3} でした。

このモデルに対しては、次のような疑問が呈せられてきました。a) 固体中での中性子の安定性、b) 実験を説明するために必要なn_{n}の値の大きさの妥当性、c) それらの中性子の供給源、d) 実験的に知られている、ガンマ線が殆ど出ない核反応の説明可能性、などなどなど。これらの疑問は、モデルとしての成功、つまり実験データを説明する上での有効性を認めた上で、モデルの基礎が常温核融合現象の物理と密接に関係しているに違いない、という前向きの姿勢から発せられたものでしょう。

そのような疑問に対する答えの一部が、中性子星媒質の安定性の考察において与えられていた、というのが、重要なことです。

a) まず、中性子の安定性です。この問題は、既にTNCFモデルでも論じられています。中性子親和力neutron affinityを定義した議論がそれです。結晶内の核、つまり格子核と中性子の相互作用で、(中性子+格子核)の系が安定化し、ベータ崩壊した状態より崩壊しない状態の方がエネルギーの低い可能性がある、ことを示しました。中性子星媒質の場合は、無限大の均質な媒質にたいする克明な計算によって、n-pクラスター(広義の原子核)と中性子ガス(捕獲中性子)の系がベータ崩壊にたいして安定な事を示しています。TNCFモデルの予想が、既に30年前に実証されていたことになります。

b) 捕獲中性子密度の値についても、中性子星媒質の計算はヒントを与えます。中性子ガスの密度に直すと、[2]の計算はn10^{34}cm^{-3}以上に相当します。他方、TNCFモデルに関連した中性子バンドの計算から予想される、境界領域での最大の中性子密度は10^{31}cm^{-3}です。ここまで[2]の計算を外挿すると、クラスターのZ/N比は0.7となり、^{110}Pdの値0.72に近づきます。(Z/Nはnにたいして敏感ではないのですが。)クラスター間の間隔は10^{-3}A位になります。これは、中性子密度が大きいときには、Pd格子の中にPd核と同じようなn-pクラスターが沢山できる可能性があることを示します。

ここで、TNCFモデルを良く知っている読者は、中性子滴neutron dropを思い出してくださったことでしょう。まさしく、中性子滴はn-pクラスターなのです。実験的に決められたn_{n}の値は、中性子バンドから予想されるnより20桁も小さいので、両者の直接の関係は今のところ不明ですが、反応の起こっている領域、主に境界領域、では、実験的に決められたn_{n}の値は、説明可能な値の範囲に入っていると考えられます。

c) 中性子の供給源は、ちょっと複雑です。反応にトリガー反応trigger reactionsと増殖反応breeding reactionsを区別したことを思い出してください。トリガー反応は、主に捕獲中性子(背景中性子が結晶に捕獲された)によって起こると考えられます。トリガー反応によって生じた高エネルギー粒子が増殖反応によって、より多数の中性子を補給するというのが、定性的な説明でした。大筋はこれで良いのだと思います。詳細は、現在投稿中の論文に書かれた中性子バンドで説明できるのですが、別稿に譲ります。

d) ガンマ線の出ない核反応gammaless de-excitationについては、多くの説明の試みがあり、複雑な機構が提案されています。しかし、基本は次のようなことでしょう。中性子星媒質の計算から明らかなように、n-pクラスターと中性子ガスは相互作用していますから、そこではエネルギーがクラスターと中性子ガスの間に共有されています。(格子核+クラスター+捕獲中性子+バンド内中性子)の場合も同様で、この系では、核反応によって生じた励起状態の原子核は、基底状態に遷移する多くの道筋channelを持っています。電磁相互作用によるガンマ線放射より、核力相互作用による遷移の方が大きな分岐比を持つことは明らかです。後の場合、エネルギーは中性子を介して格子核に伝えられることになります。従って、多くの核変換の生起にもかかわらず、ガンマ線は余り観測されていないのでしょう。

 

3) “Comments” by George Miley Fusion Technology Vol. 38, p. iii (2000)

   It is with deep sadness that I retire in June 2001 as editor of Fusion Technology (FT).

Despite the extensive time involvement, I have immensely enjoyed serving as editor. Discussions with authors and reviewers were continuously stimulating, and I always enjoyed a feeling of satisfaction from providing this service to the fusion community and to the American Nuclear Society (ANS). There were, of course, a few downsides, largely concerned with occasional financial struggles, debates over rejected manuscripts, and continued attempts to control paper backlogs that slowly oscillated back and forth from being either too large or too small as circumstances in the fusion community changed.

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   Inclusion of papers on “cold fusion” (or anomalous nuclear reactions in solids) in FT has been one of the more controversial decisions I made as editor of FT. Rather than rehash the issues involved, I would simply repeat my view expressed in an early preface that it is the “responsibility of a journal to publish scientific work related to its field of coverage that can pass through peer reviews.” Indeed, all papers on this topic in FT have undergone a rigorous peer review. In the early years (1987- 1990) following Pons and Fleischmann’s original announcement, reviewers ensured that the papers were technically sound but allowed speculations about mechanisms since the field was so new. However, starting in 1990, as the field matured, review standards reverted to the same guidelines as other papers in FT. Further, based on discussions in the FT Editorial Advisory Committee, an additional reviewer from outside the “cold fusion community” was typically added on these manuscripts. Readers who are interested in more detail about events during this period from my point of view as an editor are referred to an article titled “Some Personal Reflections on Scientific Ethics and the Cold Fusion ‘Episode’” that I prepared for a fall issue of the Journal on Accountability in Research’ Policies and Quality Assurance, Vol. 8, No. 1 (2000).”

最初に述べられているように、G. MileyEditorを来年の6月にやめるそうです。10月までに投稿された論文は彼が処理するようです。後任のEditorにはDr. Nermin Uckanが選ばれたということです。それで編集方針がどのように変わるのかが関心の的です。Mileyの英断でCold Fusionが雑誌の対象領域に取り入れられたわけですが、相当な風当たりだったでしょうから、今後どうなるかは予断をゆるしません。

Cold Fusion関係の論文が変化に富んでいることは事実です。批判者からUFOや超常現象と同列に扱われた時期もありましたが、研究者のスペクトルの端には未だに現代科学を安易に超越してしまう人たちがいるのも事実です。しかし、生物細胞内にサイクロトロンがある、という説明の真偽に拘わらず、生物核変換が起こっているのは事実です。研究者も批判者も、事実に科学的に取り組むことが、科学の発展にはいつでも必要なのは当然のことです。