CFRL News No.16 (2000..9. 10)       

常温核融合研究所      小島英夫

   CFRL News (Cold Fusion Research Laboratory News) No.16をお届けします。

   16 号では、

1)   ICCF8の報告4(詳細3)、

2) 大会委員長のF. Scaramuzzi教授のまとめ、

3) 筆者のICCF8のまとめ、

を掲載しました。

95日からPortland State Universityへ出かけますので、No.17以降もこのNewsの定期刊行が続けられるかどうか分かりません。引き続き発行する予定ですので、Portland大学宛に投稿をお願いします。

 

1)   ICCF8報告4)(詳報3

前号News No.15ICCF8報告(3)で、これまで研究成果を挙げてきて今回発表のなかったグループにMadrid大学(Spain)のProf. Carlos Sanchezの名前を挙げました。その後、彼がICCF8に出席できなかった理由は、ご兄弟の一人が直前に亡くなられたためであることを知りました。哀悼の気持ちを表わすとともに、今後もCFPの研究を共に進めていけることを喜びたいと思います。

(3)2表面積/体積比(S/V)の大きな試料(続き)

岩手大のH. Yamadaが、NTTE. Yamaguchi達がICCF6で発表した実験(cf. “Discovery” 6.5c節)と同じ型の実験をして、過剰熱とトリチウムを測定しています。

[043] Tritium Production and Anomalous Increase in Temperature of Palladium Deuteride/Hydride induced by DC and AC Current in Evacuated Chamber.”

複合試料Au/ PdDx / MnOyに真空中で電流を流したときのE. Yamaguchiのデータを “Discovery”で紹介したときに、対照実験に用いたH系でのデータは過剰熱と質量3の粒子との発生を示しているのではないか、と指摘しておきました(同書p.203)が、今回のH. Yamadaのデータはこの予想(次の引用文参照)を確認したものです。”This result is, however, might be an evidence of nuclear reactions generating tritium by reactions (11.3) succeeding (11.6) or ---“ Discovery”11.10 p.203

 三菱重工のY. Iwamura達も、近年酸化物層を含む多重層陰極を使った実験をして、過剰熱とNTのデータを得ています。

[059] “Nuclear Products and Their Time Dependence Induced by Continuous Diffusion of Deuterium through Multi-layer Pd Containing Low Work-Function Material.”

彼らの試料構造はPd/X/Pd (X= CaO, TiC, Y2O3など)で、Pd表面にMg, Si, S, Feなどが析出し、それらの同位体組成は自然比と異なるので、NTによるものと考えられます。

イタリアのDe Ninno達は、最近Pd薄膜を使った実験に取り組んでおり、その成果の一端が発表されました。

[093] “The Fleischmann-Pons Effect in a Novel Electrolytic Configuration.”

 彼らの試料は、ガラス基板上に析出したリボン状のPd薄膜で、そのサイズは、幅5X10−3、長さ100、厚さ52 X10−4cmであす。入力の3050%の過剰熱を観測しています。

 また、イタリアのLecce大学のグループ[027]は、16141 nmPd薄膜をSiウエハー上に蒸着し、25 barD2ガスを1週間接触させて重水素を吸蔵させ、この試料に弱いレーザー光パルスを照射して加熱し、表面の変化とそこでのNTを調べました。

[027] “Studies of Transmutation of Elements in Deuterated Pd Films Irradiated with an Excimer Laser.”

照射しない試料も含めて、クラックとその周辺に約5μmの泡bubbleが生ずることを観測しました。膜厚とレーザー照射とに依存したNT(Fe, Ni, Zn, Na, Mg, Alなど) が各約5%まで、全体で20%まで生ずる事を示しました。

 細線や薄膜に多量のD又はHを吸蔵させようという試みが幾つか発表されています。S/V比が大きい事はD(H)/Pd比を大きくするために有利であることは確かな事です。

[052] “High Hydrogen/Deuterium Loading in Thin Palladium Wire and Preliminary Calorimetric Results Obtained in Electrolytic Cells.” (D. Garbelli et al.)

[095] “A Gas-Loading Experiment as a Function of Temperature.” (F. Scaramuzzi et al.)

[096] “High Hydrogen Loading of Thin Palladium Wires through Alkaline-earth Carbonate Precipitation on the Cathodic Surface; Evidence for New Phases in the Pd-H System. Unexpected Problematics due to Bacteria Contamination in Heavy Water.” (F. Celani et al.)

[099] “An Experimental Protocol to Achieve H/Pd = 1 in Thin Wires with a Peculiar Electrolytic System and a Preliminary Study with a D/Pd System.” (A. Spallone et al.)

中国でも薄膜試料を使った実験が行われています。

[068] “Study of Deuterated Titanium TiDx Sample by Using Nuclear Reaction Analysis and Material Analysis Methods.” (T. Wang et al.)

試料はモリブデン基板にTi層を析出させ、D/Ti比を高めるために必要な条件を研究しています。

これらの試みはいずれもD(H)/Pd(Ti)比を高めるのに成功しています。ただし、CFPの定性的再現性の向上とこの比の増大が単純に結びつくかどうかは疑問です。TNCFモデルでは、D(H)原子の単純な濃度の高さよりは、その空間分布の不均一性の方に意味があると考えられ、実際に局所的な温度変化などでCFPが誘起されています。

次に、前号のICCF8報告(3)の冒頭で触れた軽水素系における常温核融合現象(CFP)を取り上げます。

(4)-1. 軽水素系での常温核融合CFP. (cf. 拙著Discovery7)

先に紹介したG. Mileyの多層膜での過剰熱QNT [065], R. Notoyaの多孔質NiでのQとγ線[036]H. Yamadaの実験の一部 {043} は、軽水素系でのCFPを研究したものです。さらに、この系では次のような研究が発表されています。

 X.Z. Li達は、既にH(D)/Pd系でQNTZn)を観測していましたが(cf. “Discovery”9.2e)、今回はイタリアのDe Ninno, アメリカ, EPRIPassell [100] と連携し研究を進めています。

[063] “Nuclear Transmutation in Various Metal Hydrides and Deuterides.”

[100] “Impurity Analysis of Palladium Exposed to D2 and H2.

 X.Z. Li達の、試料表面層にZnが多量に生ずるデータは、拙著 “Discovery”11.12dTNCFモデルを使って解析し、定量的に説明しました。[100] ではこの実験データが確認されています。”Its appearance in palladium exposed only to gaseous hydrogen removes that possibility [cathodic deposition from zinc impurity in the electrolyte] and suggests other possible sources. The only plausible source of a nuclear nature would seem to be the fission of Pd to a pair of elements in the region from Si to Ge, many of which would yield about 20 MeV per fission.”

1994年にNi-H系で多量のQを観測して注目を集めたイタリア、Bologna大学のS. Focardiのグループは、その後研究発表をせず、気をもませましたが(cf. “Discovery” 7.1d 今回は地の利を得て研究成果を発表しています。

[109] “Ni-H Systems.”

“The most important experimental results obtained in the last years on the Ni-H system will be presented. In particular, we will report on 1) hydrogen absorption at low pressure (< 1 bar) and high temperature (500 - 700 K) in Ni, 2) thermal power production up to 70 W for long period (up to 10 months), 3) control capability on the power production, 4) experimental evidence of neutron and gamma rays emission, and 5) detection of several chemical elements different from Ni and H on the specimen surface.”

試料サイズが前の実験と同じ(5mmφX 90mm)とすると、S/V比は8.270Wの出力は40W/cm3という莫大な値になります。また、Focardi達のデータで中性子が観測されているのは、Pd-D系でBressani達が中性子スペクトルを測定した( “Discovery”6.2c)のに対応します。エネルギースペクトルが分かるとその素性もはっきりするのですが、そこまではいっていないようです。Milano大学グループとの共同研究が実現する事を期待したいと思います。γ線スペクトルについても同様で、TNCFモデルの解析の結果と比較できれば、CFPの物理学の解明に役立つでしょう。

 軽水素系の電解実験で、従来から種々の成果を得ている北大のT. Ohmoriのグループは、タングステン陰極を用いて高電圧液中放電の実験を行い、過剰熱とNTを観測しています

[103] “Production of Heat during Plasma Electolysis in Liquid.”

(4)-2. 重水素系でのCFP (cf. “Discovery”6)

PdD系を主にした重水素系での研究は、これまでこの系で有意の結果を出してきたグループが、引き続き研究を進め、定性的再現性の向上に成功していることを示しています。

日本では、阪大のA. Takahashiのグループ[014]Pd/D系でQHe4を観測しており、横国大のK. Otaのグループ[090]Ni(Pd)/H2O + K2CO3(D2O + LiOD) 系で少量のQを観測しています。

[014] “Search for Coherent Deuteron Fusion by Beam and Electrolysis Experiments.”

[090] “Some Experimental Results on Heat Measurements during Water Electrolysis.”

 イタリアではG. Mengoliのグループが、Ti(D2O+K2CO3) Qとγを測定していますが、反応の同定にはいたっていません。

[007] “Anomalous Effects induced by D2O Electrolysis at Titanium.”

 ルーマニアから新しいグループ(D. Chicea et al., Univ. of Lucian Blaga of Sibiu) の研究発表がありました。

[054] “Experimental Evidence of Nuclear Reactions in Deuterated Titanium Samples under Non-equilibrium Conditions induced by Temperature Variation.”

701050Kで温度変化させ、バースト状の中性子放出を観測しています。

 ロシアのChernovのグループ(Tomsk Polytechnical University)は、以前から電解実験で成果を挙げていて、ロシアで毎年開かれているCFPの会議では研究発表がなされています。ロシアから近いイタリアでの学会とあって、研究発表がありました。

[001] “Change of Lithium Isotopic Composition during Hydrogen Charge of Titanium.”

[061] “Excess Heat Release upon Hydrogen Isotopes Electrolytical Saturation into Metals Covered by Porous Films.”

[001] の論文は、電解質金属としてLiを使ったときに、陰極表面からLiが拡散する際に、質量差のために拡散前面でLi-6の濃度が高くなることを実証しています。TNCFモデルには極めて都合の良い実験結果です。[061] では、陰極表面に多孔質のフィルムを被せると、過剰熱の発生の定性的再現性が高まる事を示しています。

アメリカでの電解系での実験も引き続き行われています。McKubre達のデータ[029]については既に触れました(News No.15, (3)-1)Portland State UniversityJ. Dashのグループが前にPd陰極で行ったのと同様の結果をTi陰極で得ています(cf.  Discovery”9.1h)。

[006] “Effect of Cold Work on the Amount of Excess Heat Produced during the Electrolysis of Heavy Water with Titanium Cathodes.”

この実験でも過剰熱とNTを測定しており、生成物はSi, S, Fe, Cr, Alなどで、量的にはTiの8%位が他の元素に変換しているようです。

 Los Alamosに在職中からCFPの実験と総合報告でこの分野に寄与しているE. Stormsは、Pt電極での実験(Pt/D2O+LiOD)を発表しました。

[032] “Excess Power Production in Pt Cathodes using the Fleischmann-Pons Effects.”

彼はCFPの命名にも一家言を持っていて、それがこの表題にも表れています。断続的な発熱を観測しており、それが電解電流に比例しているようです。(Abstractsの表題と異なる発表でした。)

Naval Research LaboratoryM.H. Milesが、1998年にNHE計画の一環として北海道のNHE Laboratoryで行った実験の発表をしました。

[058] “Calorimetric Studies of Palladium Alloy Cathodes Using Fleischmann-Pons Dewar Type Cells.”

熱量測定に関して、NHE Lab.の解析法とMilesのそれとが異なり、結果が違っているという問題があります。(cf. NHE実証技術開発綜合研究報告1998.6)彼の解析では、S/V比が約10Pd-B, Pd-Ce-B, Pd-Ce合金陰極で、0.2W程度(0.6W/cm3程度)の過剰熱が出たことになるそうです。過剰熱が小さいとき、またその再現性が良くないとき、現象が起こったかどうかを決定するには名人芸が必要で、CFPも未だその段階にあるようです。

(4)-3放電と高エネルギーイオン照射実験

グロー放電、アーク放電、高エネルギーイオン照射などで、CFPが起こる事を示す実験が従来から行われてきました。1 keV以上のエネルギーのDイオンを照射する場合には、事情はCFPの起こる状態と本質的に異なります。このエネルギーを持つDイオンの固体中の運動には Born-Oppenheimer近似が成り立たず、常温の固体内現象とは異質の条件下のものです。従ってその実験結果を単純に常温でのCFPへ外挿する幾つかの議論は誤りです。

グロー放電に関しては、固体に入射するイオンのエネルギーは必ずしも大きくないと思われるので、ここで表題だけを紹介しておきます。他の低エネルギー固体内核反応と理論とについては、機会があれば取り上げるつもりです。

[021] “The Problems with Reproducibility in a Gas Glow Discharge are a Consequence of a Nature of Process?” (I.B. Savvatimova)

{078} “Registration of a Superfluous Heat at Sorption-Desorption Hydrogen.” (V.A. Romodanov et al.)

[084] “Analysis of Excess Heat Power Production, Impurity Elements Produced in the Cathode Material and Nuclear Products Results in Experiments with High-current Glow Discharge.” (A.B. Karabut)

これらのロシアの研究は、これまでも優れた成果を挙げてきたもので、拙著でも紹介したものです。(cf. “Discovery” 6.4e, 9.1c(以下次号)

 

2) F. Scaramuzziのまとめ

最終日に、Chairman of ICCF8Dr. F. Scaramuzziがまとめを述べました。 Alternative Energy Institute Inc.がそのホームページに掲載したScaramuzziの講演の概要の中から、彼にとって印象に残った点(impressive points)というのを引用します。

1. There was strong confirmation by McKubre, Arata and Takahashi of excess heat, He-4, along with correlation of heat production relative to He-4 produced. So, yes cold fusion exists and is nuclear in origin.

2. There was significant work on Pd, charging modes and mechanisms by Frascati and Celani.

3. An important and definitive trend toward using small dimensional Pd pieces such as powder, wire and thin films emerged, and it appears that high surface area to volume samples charge more readily.

4. The measurement of nuclear products as a result of cold fusion is very alive.

5. Many theoretical works were presented, and Scaramuzzi found some of them interesting and some questionable. He favors the theories based on coherence catalyzed by a lattice of Pd using de Broglie waves with coherent phases.

6. Production of excess heat by cold fusion is real and of nuclear origin. This is verified now and is quite sure.

彼が5.で触れている”---on coherence catalyzed by a lattice of Pd using de Broglie waves with coherent phases.”が何を指すのかはっきりしませんが、TNCFモデルの基礎にある、中性子バンドに基づく局所的コヒーレンスが該当する事は確かでしょう。

 

3) 筆者のまとめ―ICCF8で明らかになったこと。

ICCF8の筆者の纏めを、スペースの関係で簡単に記しておきます。まず一般論として、常温核融合現象CFPについての次のような事柄に注意すべきでしょう。

1. 未だ存否の議論が決着していないCFPでは、知識の蓄積を重視すべきで、研究発表に際しては関連した過去(と言っても僅か10年ですが)の業績を正確に引用すべきです。

2. 実験結果の発表には、測定の有無、結果の定性的再現性の程度などを明瞭に報告すべきで、正確で事実に忠実な実験データを発表すべきです。特許がらみの曖昧な表現が気になることがあり、正の結果だけの発表や結果の一部のみの発表は避けるべきです。

3. 方法論をはっきりさせて研究を進めるべきで、特に理論的研究では立場の明示が必要です。実験と理論の対話の中から本当の科学の進歩が期待できるでしょう。

4. 理論および実験の解析ではCFPをもたらす原因が何かを追及しますが、これまで気がつかなかった見逃し因子missing factorとして何をとるかを明示することが、議論の整理に役立つでしょう。

 具体的な成果と問題点を簡単に記します。

5. NTを含めた核反応生成物と過剰熱Qとが同時に測定された場合が従来から多数報告されています。今回もQHe-4およびQNTの同時測定が報告されていますが、これは過剰熱の原因が核反応であることを明瞭に示す実験結果です。Qが核反応によるとすると、一反応あたりの解放エネルギーはおよそ5MeVと採れますから、Q(MeV)/5と核反応生成物の量Nとの定量的な比較ができます。従来の実験結果の解析では、Q/5N3倍位になることが知られており、Qには多数の核反応が関与しているようです(cf. “Discovery11.2, 11.3)。

6. 軽水系でCFPが起こる事の確証が、一層多くの系で得られました。CFPを統一的に説明しようという立場からは、d-d反応に拘る説明は現実的でないことが、一層はっきりしたといえるでしょう。両系に共通な見逃し因子を探さなければなりません。                                         (以上)