CFRL News No.15 (2000. 8. 10)

               常温核融合研究所      小島英夫

 

   CFRL News (Cold Fusion Research Laboratory News) No.15をお届けします。

   15 号では、

1) インドのTransworld Research Network Inc. が出しているシリーズの一冊、'Recent Research Developments in Electroanalytical Chemistry' に投稿を依頼され、”Electroanalytical Chemistry in the Cold Fusion Phenomenon” を書いて送りました。今年中には出版される予定です。そのAbstractをお目にかけます。次に懸案の

2) ICCF8の報告3(詳細2)を掲載しました。興味の深い実験結果の紹介とそれにたいする私のコメントをご覧にいれます。

 

1) Abstract of a paper ”Electroanalytical Chemistry in the Cold Fusion Phenomenon”

 to be published in a book 'Recent Research Developments in Electroanalytical Chemistry' published by Transworld Research Network Inc. Trivandrum, India.

http://www.transworldresearch.com

Abstract

Fundamental characteristics of the cold fusion phenomenon (CFP) are explained from the present point of view based on the pile of complex experimental facts obtained in these eleven years after its discovery. Surface nature of the reactions and qualitative reproducibility, two of remarkable characteristics of CFP are explained by a model (TNCF model) with a single adjustable parameter. The Premises assumed in the model indicate importance of atomic processes on the surface of electrodes to realize CFP that should be investigated by electroanalytical chemistry.

 

2)   ICCF8報告(3(詳報2

前2号(Nos. 13 and 14) ICCF8の概略を報告しましたが、本号から内容に入ります。

1989年の発表以来11年がたって、学問としてそろそろ成熟期を迎えようとしている常温核融合現象(CFP)の研究ですが、現象の複雑さは容易に解明されるようには思えません。今回のICCF8でも145人の参加者、26篇の口頭発表、50篇のポスター発表がありましたが、この間の研究を踏まえて大きく発展したと言えるのかどうか、内容を検討していきたいと思います。

まず、これまでほぼ毎回のICCFあるいは学会誌で研究成果を発表してきたグループの多くが、今回も引き続き成果を発表していることは、CFPが定性的再現性よく実験にかかっていることを示しており、否定派の思惑、一時的な現象ですぐに消え去る運命、を完全に裏切ってしまいました。しかし残念なことに、幾つかのグループが今回の発表者リストに見当たりません。その中には、イタリア、ミラノ大学のT. Bressani、スペイン、マドリ大学のC. Sanchez、インド、BARC(Bhabha Atomic Research Center) P.K. Iyengar、アメリカ、Texas A&M UniversityJ.O’M. Bockrisなどの名前があります。

実験系は重水素系と軽水素系とに大別されますが、軽水素系でCFPが起こる事は1991年ごろから文献に現れています(cf.拙著 ”Discovery” Chapter 7)。その後の研究でも軽水系でCFPが起こる事は確認されており、今回も幾つかの発表がなされています。詳細は後に譲る事にしますが、M. Fleischmannとの会話が問題の一面を示しています。

M. FleischmannICCF7で発表した懐古的な論文 ”Cold Fusion: Past, Present and Future” では、H系は除外されています (cf. “Discovery”17.7)ICCF8の初日に彼に会ったときにその点を尋ねると、「D系でも分からない事ばかりなので、H系は手におえない」という意味の答えが返ってきました。これも一つの考え方で、「D系とH系とで起こるCFPは異なる原因による」という予想に立脚していることが明らかです。しかし逆に、D系とH系とで共通の原因でCFPが起こると考える事によって見えてくる事柄も有る筈です。TNCFモデルがこの立場で諸現象の解析に成功し、一つの視野を開いている事はご存知の通りです。

(3)-1.表面積/体積比(S/V)の大きな試料

実験結果が示す定性的事実の一つに、表面積/体積比が大きい試料で定性的再現性よくCFPが起こるという事実があります(cf. “Discovery”11.2および11.3)。この事実が多くの実験家の注意を引いて、試料に工夫を凝らした実験が成功裏に行われています。その例をICCF8の発表の中から紹介しましょう。Abstractの番号を[n]で示します。(この番号は原稿の受け付け順のようで、論文の内容や著者名とは関係がありません。)

過剰熱と核変換NTが再現性良く起こることで注目されたPatterson Power Cell (PPC) が、今回は基板上の多層膜の形でMileyによって発表されました。

[065] “Advances in Thin-Film Electrode Experiments”

[066] “On the Reaction Products and Heat Correlation for LENRs”

LENRLow Energy Nuclear Reactionの頭字語です。漏れ聞くところでは、19976月にはABC Newsでも報道され、実験用キットが売り出されたPPCが過剰熱の発生を示さなくなった(!)ということです。多分定性的再現性が非常に悪くなったのでしょう。いろいろな原因は考えられますが、一つには太陽黒点の11年周期との関係があります。黒点数と背景中性子数の逆相関のために、背景中性子数は1996年に最大になり、それ以降減少していて今年か来年が最小になる年です。1996年以降CFPの再現性は低下している事が予想されます。それは別にして、今回のG. Mileyの発表はガラス基盤上に析出させた平面多層膜試料Ni-Pd-Ni-Cuで約200 mWの入力の80-110 % の過剰熱が定性的再現性よく観測されます。Abstractの一節に次のような説明があります。

“Examination of thin-film surfaces and reaction products distribution suggest that reactions occur over a reasonably broad area of the surface/interface region with properly designed thin-film electrodes. Further, excess power densities in thin-films have been obtained that are an order of magnitude higher than that in solid electrodes or coated catalytic particles (PPC?), ---“

Mileyは第2の論文[066]CFPd-d反応を仮定した説明に対して、軽水素系と重水素系とで起こることが明らかなCFPLENRと呼んで対比しており、次のような文章があります。”-- a variety of reaction products with masses both higher and lower than that of host electrode material suggest that proton-metal initiated reactions occur.”

TNCFモデルの立場からは、核物理学的に無理のあるd-d融合反応もp-Pd反応もCFPの第一原因とは考えないので、核物理学の常識と衝突することはありません。背景中性子をトラップした試料中でのn-Li, n-d, n-pn-Pd反応がトリガー反応となり、次の段階の増殖反応breeding reactionを誘起するというのが、TNCFモデルの筋書きです。

後でまた論じる機会があるでしょうが、d-d反応派は都合の良いデータだけを選んでd-d反応で説明しようとする傾向があり、これは拒否派がd-d反応に関する常識だけで実験データを裁断し、それに合わないものを全否定する態度の裏返しになっているようです。

S/V比の大きな試料として前から注目されていたものの一つに、パラジウム黒を使ったArata cellがあります(cf."Discovery"6.2f)。パラジウム黒は触媒として用いられる直径約0.4μmのPd微粒子で、Arata cellはこれをPdシリンダーに詰めて陰極に用いています。Arata cellの説明は我々も国内の研究会を含め10回位は聞いていますが、理解困難というのが大方の共通意見ではないでしょうか。ICCF8では、Arata cellについてArata and Zhangの発表[018]McKubreの発表[029]がありました。

[018] “Definitive Difference among [Bulk-D2O], [DS-D2O] and [DS-H2O] cells in the Deuterization and Deuterium-reaction” (DS = Double Structure)

[029] “The Emergence of a Coherent Explanation for Anomalies Observed in D/Pd and H/Pd Systems”

後の論文[029]にはCase cell (with porous carbon catalyst coated with palladium) を使った実験も併記されています。Case cellについては、このNewsNo.1No.2R. Murrayの報告を紹介しています。

Pd blackS/V比が約100000 /cmと思われますが、Case cellS/V比は相当大きいことが予想され、10000/cm程度と思われます。炭素Cの有無を除いて両セルは裏返しの試料構造である点や、Case cellでの炭素/Pd界面の役割など、TNCFモデルの観点から興味があります。

従来のSRIでのMcKubre達の実験(cf.”Discovery”6.1b)では定性的再現性よく過剰熱が発生したが、核反応生成物は測定にかかっていなかったらしいことを考えると、Arata cell, Case cellと同様なHe4の発生をmassiveな試料でも観測したというのは、如何にもタイミングよく行われた、という印象を受けます。

ArataセルでのHe-4の発生は数年前にNHE計画の研究会やICCF6で発表され、その解析は”Discovery”11.8dに与えてあります。過剰熱とHe-4の量的関係も視野に入っています。Arataセルの国内での再現実験が不成功に終ったということ、実際に実験をしているZhangさんの説明では過剰熱の発生に数ヶ月かかることもあること、などを考えると、ArataセルでのCFPの機構と再現性の向上には未だ時間がかかりそうです。

S/V比の大きな試料の一つにR. Notoyaの考案したporous Ni cathodeがあります(cf.”Discovery”6.3e)。このNi陰極のS/V比は10000/cm程度と見積もられています。ICCF8ではγ線のデータから電解系内で起こっている核反応を同定しています。その結論がTNCFモデルの予想と合っているのは嬉しい事です。

[036] “Determination of Some Nuclear Reactions Scheme Occurring in Electrolysis Systems”

Pd微粒子を使った実験が新たに行われました。

[039] “Observations of the Production and Quantification of Heat, Helium-4, Tritium, and Energetic Penetrating Radiation from Deuterated Palladium Nanoparticles under a Variety of Experimental Conditions including Experiment with No Input Power Requirements”

 この研究では過剰熱と核反応生成物が同時に得られている点に特徴がありますが、さらに外部入力がなくても反応が起こる事を確認していることはTNCFモデルとの関連で興味があります。”--- provide reproducible production of heat along with substantial amount of He-4, tritium and energetic photons with characteristic energy spectra. Some of these experimental protocols require continuing input power for production of the noted effects while other are completely independent of input power once initiated.”

類似の現象は、heat after deathなどの呼称で呼ばれ、これまでにも報告されていますが、TNCFモデル以外では理論的に取り上げられたことは無かったようです。

S/V比の大きな試料を用いる実験の一つのジャンルに多層膜があり、先のMileyの例[065]はその一つですが、酸化物層を含んだ多層膜が従来から使われていました。ICCF8でのこの系列の実験データには次のものがあります。各層の厚さはおよそ1ミクロン程度ですので、S/V比は約10000/cmと思ってよいでしょう。

 ロシアのA. Lipsonは従来からの実験系を使って、これまでに観測していた以外の現象を研究しています(cf.”Discovery”6.3c)

 [037] Evidence for D-D Reaction in Au/Pd/PdO: D Hetero-structure as a Result of Exothermic Deuterium Desorption.”(d-d反応を確認している訳ではない)

 [038] Observation of High-energy Alpha Emission in Au/Pd/PdO: D (H) Hetero-structure Samples in the Process of Deuterium (Hydrogen) Desorption”

このAbstract “It was shown that alpha particle emission in the range of 8.0 - 11.7 MeV is accompanied by the deuterium or hydrogen desorption --- and has a good reproducibility”と書いているのは興味があります。             (以下次号)