CFRL News No.12 (2000..5. 10)
常温核融合研究所 小島英夫
CFRL News (Cold
Fusion Research Laboratory News) No.12
をお届します。
第12 号では、
1)
ICCF8のプログラム抜粋、
2)
筑波大学教授を定年退職した沢田哲雄氏がこのNewsの為に書いて下さったCFに関するエッセイ「Cold Fusionへのメッセージ」の前半、
3)
中性子親和力について、4) モデルの進化について、
を掲載しました。
なお、ICCF8への出席とその後のイタリア旅行のため、次号No.13は、7月初旬に発行の予定です。ICCF8の成果を盛り込めると思います。
1) ICCF8 (Lerici, Villa
Marigola, May 21-26, 2000)
ICCF8のプログラムが決まったようで、Eメールで連絡がありました。
実質的に22日から4日の研究発表と半日のまとめという研究会です。
いかにもイタリアらしいのは、午前の口頭発表のセッションが9時から13時5分まで、16時から9時までがポスター発表のセッションだということです。警察もシエスタを取る国ですから、学会も取って当然なのでしょう。
発表予定の研究は81篇で、35分の口頭発表が20篇、20分の口頭発表が7篇、ポスター発表は54篇です。詳細はWebページをご覧頂くことにして、日本人発表者のリストを抜粋しておきます。
PLAN OF THE CONFERENCE
ORAL SESSIONS
22, Monday:11:50 -
12:25 Y. Iwamura
23, Tuesday:09:35 - 10:10 J. Kasagi
24, Wednesday:09:00 - 09:35 Y. Arata ;11:50 -
12:25 T. Mizuno
25, Thursday:09:35 - 10:10 Y. Isobe;
12:25 - 12:45 H. Kozima,
“TNCF Model --- A Phenomenological Approach”
POSTER SESSIONS
Monday, May 22::076. T. Hanawa;
044. H. Kozima,
“The Cold Fusion Phenomenon and Physics of Neutrons in Solids”
012. A. Takahashi
Tuesday, May 23::020. Y. Arata;013. M. Ohta;
045. K. Arai, “Nuclear Transmutation in Solids Explained by TNCF Model”
036. R. Notoya
Thursday, May 25::005. K. Kamada;060. N. Kubota;090. K. Ota;043. H. Yamada
Conference Web site
http://www.frascati.enea.it/ICCF8
このプログラムを見ると、口頭発表の最初が(ここには示しませんでしたが)22日のM. Fleischmannで、最後が25日のH. Kozimaです。Fleischmannをトップに持ってきたのは、過去の歴史的な意味を持たせたものでしょう。小生にトリをとらせてくれたのは、今後の歴史的意味を指示して欲しいと言う主催者の希望なのでしょうか。常温核融合研究の混迷状態を打破するためにも、大いに物議を醸す問題提起をしようと思います。
2) 沢田哲雄氏のCFに関するエッセイ
「Cold Fusionへのメッセージ」 沢田哲雄(日大・理工・原子力研究所)
はじめに
今 cold fusion に関して物理学者に
comment を求めると、非常に異なった二つの答が返ってくるはずです。一方は「こんなにはっきりとその存在を示す実験があるのだから、まずその事実を認めるべきである。」それに対して、もう一方は「我々はこのエネルギ−領域では、よく検証された理論体系をすでに持っているのだから、その枠内で現象を理解すべきである。」とまあこんな具合です。この二つのcommunities
が共通の言葉を持つようになる事を願ってこの随筆を書く事にしました。
Science にかかわる随筆では、式を全く使わない事を標榜するのが普通ですが、式が物事を正確かつ簡潔に述べるのに重要である事を多くの人が知っていますので、式を意図的に長い文章に置き換えるような事はしないで述べて行きます、しかし出来るだけ読む事の出来る層を広げておきたいので、大学3年生程度の知識があれば読めるように工夫して行くつもりです。ここでは次の4つのトピックを考えていきます。ただし荷電の
discreteness の所は長いので、古典部分[C] と量子部分[Q]に分割しました。
◆
なぜ量子論を捨てる事が出来ないか:Lamb shift と異常磁気モ−メントの例
◆
この世界が forma (形相)
と
materia (質料) で成り立っているという説について
◆
自然界に現れる荷電は何故、とびとびなのか
[C and Q]
◆
magnetic monopole があると、この世界の風景はどのようになるか
1. ラム・シフトと電子の異常磁気モ−メントについて
物理の中には、非常に精密に測定できて、6桁・7桁とその数値を決定できる量があります。いくつか例をあげますと、fine
structure constant を α と書きますと、その逆数は
1/α=
137.0359895(61) で、その誤差を ppm で云うと
0.045です。また
Lamb shift は E/h = 1057.864(12) MHz で、誤差は12
ppm 程度です。
最後にもうひとつ electron magnetic
moment anomaly は (g−2)/2
= 0.001159652193(10) と測定されているので、誤差は 0.009 ppm です。ここで重要な事は、後の二つは
α
が与えられている時、量子論から計算する事ができ、それが測定値と誤差が現れる桁まで6桁・7桁にわたって、ぴたりと一致する事です。そして量子論のル−ルの小さな変更も、この一致を壊してしまう可能性があると言う事です。
折角ですから、どれか一つに説明を加えておきましょう。Lamb
shift は電子と陽子の二体系であるのに対して、(g−2)/2
の方は(外磁場の中での)電子の一体問題なので、ずっと単純で精度も高くなっているのでそちらにしましょう。Ampereの等値磁石より、荷電
e 質量
M の粒子が半径 r の小さな円周上を速度
v で走っている時、それと等価な magnetic moment はm
= IS = (ev/2πr)πr2
になります。
ここで括弧の付け替えをしますとm
= (e/2M)(r ×Mv)で軌道角運動量に比例します。(h/2π)Lと軌道角運動量を書く事にしますとm
= (eh/4πM)Lとなり、その係数は
Bohr magneton です。次に、もっと一般の角運動量J
の場合は係数が変わるかもしれないのでm
= g(eh/4πM)Jのように用心のために
factor g を入れておきます。
電子のスピンではJ = σ/2
でσの各成分の固有値は
±1ですから、分母の
2 が邪魔をして、g =
2 に取らないと実験で分かっている値
1 Bohr magneton になりません。このスピ ンに対して g が1でなく2になることが初期の量子力学の頃、余程不思議であったらしく「スピンの異常
g-factor」と呼ばれていましたが、Dirac 方程式が出ると自動的にスピンに対してg =
2 が導けますので、もはや「異常」とは思われなくなりました。 その後、スピンの g が 2 よりも
0.1パ−セントほど大きい事が分かってきましたので、むしろそちらの方を異常磁気モーメントと呼ぶようになりました。最初にこの量を計算したのは
J. Schwinger でその値は (g−2)/2 = α/(2π)
= 0.0011614...でした。これは摂動の最初の近似で e2 項です。この段階ですでに、はじめに示した高精度の実験値からのずれは
0.2 % 以下です。 更にeの4次
, eの6次---
と計算を進めて行くと、
実験との一致はよくなり、一致は7
digits, 8 digits に渉ります。
このような一致は何も electron の
異常磁気モーメントに限った事ではなく、muon
の
異常磁気モーメントや
Lamb shift でも同じ事が起こりました。そのようなわけで、量子論の修正----例えば
ground state の下にもうひとつlevel があると云ったような----には慎重にならざるを得ません。しかし、Lamb
shift で陽子の果たした役割が単にク−ロン外場を提供するだけであると見なすと、高精度で検証されたのは外場中を運動する
electron や muon の系のみと云う事になります。それで、我々が護らなければならないのは、量子論の形式とそれに上に述べた道具立て、つまり系が
electron や muon を素材として出来ている場合、だけかもしれません。ここで、この随筆のあと後まで現れる二つのキ−ワ−ド「形式」と「素材」が出てきましたので、次に少しその説明をします。
2.
この世界が forma (形相)と
materia (質料)で成り立っている、という説について
ここで、実際に量子力学を使っていろいろの問題を解く事を考えて見ましょう。我々は当然のように対象となっている
system に対応する Hamiltonian を先ず書いて、それを固有値問題などにして
level を 出したり、散乱振幅を求めたりするでしょう。そのようなわけで、対象を
理解するには量子力学の枠組みを知っているだけでは不十分で、対象の
系を作っている素材に関する情報がぜひ必要です。Lamb
shift を 計算したければ、対象は
hydrogen atom ですから、electron と
proton が素材で、その間に
Coulomb potential が働いているHamiltonian に
なります。
一方、deuteron
の
binding energy が欲しければ、素材として proton と
neutron をとりその間に核力ポテンシャルが働いているといった具合です。
ここでちょっと哲学の授業で学んだ eidos と
hyle について思い出しておきましょう。今我々が直面している問題と素晴らしい対応関係があります。まず「質料」(質量ではない)という言葉を広辞苑(新村出編)で引いて見ますと次のようにあります:
質料:「 [哲]
(matter 英, hyle ギリシャ)
形式を具備することによって、初めて一定のものとなる材料的なもの。アリストテレスは、質料を形相と共に存在の根本原理と考えた。 質料因:
アリストテレスが説いた四原因の一つ。
ここに四原因とは、形相因、質料因、目的因それに動力因のことである。」
一方「形相」(これは 'けいそう’と読んでください
'ぎょうそう'
でなく)を調べると、
形相:「 [哲]
(form 英, eidos ギリシャ)
形式の意で、質料をして一定の現実的形態を採らせる原理。アリストテレスに始まり、以後中世哲学においていろいろに用いられた重要概念。」
とあります。次にラテン語ではどうだったかを知るために
Webster を調べるとそれぞれ materia と
forma で共に英語に近い形をしています。今後、「質料」「形相」のことを、ラテン語・ギリシャ語が混ざってしまいますが
hyle, forma と書いて行くつもりです。
ここで落語的になりますがちょっと息抜きのために、アリストテレスがどれくらい偉いかについてお話します。 この話は私が駒場の一年生だったとき、クラス担任だった今掘和友先生から彼の最初の化学の授業で聞いたものです。今堀先生によると、哲学者のK先生(イニシャルだけにしておきます)の書かれた哲学の本の最初の文は「アリストテレスからKに到る、たまたまカントあり。」といった気宇壮大なものだったそうです。今堀先生は「そんなふうに書かれるくらいアリストテレスは偉大だったのだ」と云ったきりで、ギリシャの自然哲学における元素の方に話を進めて行きました。私はその時、キツネにつままれたような気分になった事を今でも覚えています。
今から考えてみると、原子核の研究で1930年代に何を素材とするべきかで混乱がありました。1932年に
Chadwick が中性子を発見するまでは我々のてもとには三つの素粒子---電子・陽子・光子---しかありませんでしたので、例えば
deuteron を作る素材 hyle として荷電的には電子一個と陽子二個を取りたいところですが、これでは複合系のスピンは半整数になって現実の
deuteron の spin 1 は出てきません。今日では
deuteron はproton と
neutron を素材とする結合系としてよく理解されています。もし中性子を欠いたまま原子核を組上げて行くとしたら、それは相当の難工事になった筈です。以上のことから、ある対象とする系を理解しようとする場合、その系を構成する
ingredients の選択が適切でないと、いくら forma の方が正しくても、うまく理解する事が出来ない事が分かります。次の
section で、同じ量子力学を使っても、ingredient, hyle が異なるとがらりと違った世界が現れる事をお目にかけましょう。(次号に続く)
3) 中性子親和力について
電子親和力は化学で良く知られた概念ですが、中性子親和力Neutron Affinityは余り知られていないと思います。拙著「常温核融合の発見」で提起した概念です多、固体中の中性子の振舞いがかなり分かってきた現状で、もう一度その意味を振りかえっておきたいと思います。
まず、電子親和力electron affinity of an atomですが、Encyclopedia Britannicaの簡潔な説明をお目にかけます。
Electron affinity,
in chemistry, the amount of energy liberated when an electron is added to a
neutral atom to form a negatively charged ion. The electron affinities of atoms
are difficult to measure, hence values are available for only a few chemical
elements, chiefly the halogens. These values were obtained from measurements of
heats of formation and lattice energies of ionic compounds of the elements. The
electron affinity of an element is a measure of that element's tendency to act
as an oxidizing agent (an electron acceptor) and is generally related to the
nature of the chemical bonds the element forms with other elements.
他方、neutron affinity of a nucleusはelectron affinityにならって次のように定義されました。(”Discovery of the Cold Fusion Phenomenon”
p.279)
Let us assume that the neutron
Bloch wave transforms into a proton Bloch wave when it suffers aβ-decay.
Furthermore, let us estimate the stability of the neutron wave interacting with
a nucleus AZM with a neutron
affinityη* defined by a
following relation;
η* ≡ −(A+1ZM
−A+1Z+1M)c2.
Here, c is the light speed in
vacuum, AZM, in this case, is the mass of the nucleus
with a mass number A and an atomic
number Z composing the lattice nuclei.
This definition
tells us that the neutron affinity is
a quantity expressing an energy difference of two nuclear states, one with an
extra neutron and the other with an extra proton. The positive value ofη means the former
is in lower energy state than the latter and is more stable.
この定義は1997年頃、中性子が固体中に存在するときに、寿命が長くなる原因として考えられたものです。その後、中性子バンドの可能性が示され、表面層での局所的コヒーレンスlocal coherenceとそれによって生ずる巨大な中性子密度の可能性、さらには中性子滴neutron dropの存在可能性が示されました。中性子滴ができれば、その中の中性子がβ崩壊で失われることを心配しなくても済む訳です。
そこで見方を変えて、中性子バンドneutron
bandの性格に対する影響を主にした中性子親和力neutron affinityを定義した方が、モデルの機能を発揮できるのではないか、と思っています。このようなモデルの進化については、別に書きたいと思いますが(次項参照)、取りあえず中性子親和力を、次のように新しく定義します。(上の古い定義に星印をつけたのは新しい定義と区別するためです。)
η≡ −(AZM
+ Mn − A+1ZM)c2
すると、固体中の熱中性子と格子核の相互作用ポテンシャルの大きさが−ηに比例し、中性子バンドのエネルギー位置はηが大きいほど低くなります。
前に吉本君が計算してくれたように、相互作用ポテンシャルの大きさが負で次第に大きくして行くと、バンドは全体として下がって行き、適当な大木さのときに正のエネルギー領域の最低エネルギー状態がJ. Phys. Soc. Japan.の論文に示した形になります。すると、局所的コヒーレンスによって中性子の局在化が起こり、中性子滴ができるだろう、というのが新しいTNCFモデルの筋書きです。
η*とηと、どちらが有効な概念なのかは、実験データと比較して見ないと何とも言えませんが、ηの方が妥当な感じがしているのが、最近の心理状態です。
4) TNCFモデルの進化(1993−2000)
TNCFモデルを最初に提唱したのは、1993年10月にハワイで開かれたICCF4でした。
そのときの中性子は、固体中に波として存在するという属性だけを与えられていて、格子核との相互作用については、自由空間での相互作用と同様に考えられていたものです。その後、核変換の実験データの集積によって、固体表面で核反応が起こる事が明らかになりました。表面での反応断面積と体積内でのそれとの差を考慮するために、中性子の不安定因子instability
parameterξを導入しました。(“Introduction” p.143, Premise 2) 中性子バンドが適当なエネルギー値にあり、局所的コヒーレンスによって境界での中性子密度が大きくなると、捕獲中性子密度nnの意味も変わってきます。これまでの考えにそって言えば、 nnが変わらずに不安定因子が境界層で108位になると考えられますが、ξが変わらずにnnが小さくなると考える事も可能で、この方が受け入れやすい考えでしょう。
Bohrモデルの話を引き合いに出すと、僭越な気がしないでもないのですが、詳しくは科学史の専門家に書いてもらう事にして、常々感じている事を記します。
現在われわれが大学の授業で学ぶのは、紆余曲折の中から生まれてきた科学を整理統合した体系に限られています。少しまともに研究をすると、事柄はそう簡単でない事に気がつくのですが、最後まで気のつかない人も多い事でしょう。電磁気学のMaxwellの方程式についても、J.W.N. Sullivanの書いている事を引用して(“Discovery” p.295) その曖昧さを指摘しましたが、自然科学の発見も決して単純な帰納で片付けることはできません。
原子のボーア模型の場合も、教科書的な説明でさえ、3段階に分けられます。1) Bohrの仮定:定常状態が存在し、その最低エネルギー状態の角運動量はh/2πで与えられる、2) Sommerfeltの量子条件∫pk dqk = nk h、3) Pauliの排他律。これらはいずれも、古典力学による基礎付けなしに、実験事実を説明するために仮定されたものです。ただ、原子と言う単純な系が対象であったために、 CFPにくらべて、見通しは各段に良かったのです。