CFRL News No.11 (2000..4. 10)
常温核融合研究所 小島英夫
CFRL News (Cold
Fusion Research Laboratory News) No.11をお届けします。
第11 号では、
1)
Intern J. Hydrogen Energyに出た3篇の論文のこと、
2)
ICCF8で発表する論文3篇、
3)
総合報告
”Electroanalytical Chemistry in the Cold Fusion Phenomenon” につい
4)
見逃し因子について (2)、
を載せました。
1) 前号でお知らせした3編の論文がIntern. J. Hydrogen Energy 25, No.6 (March 2000) に出ました。この雑誌は半月刊のようで、予想の6月ではありませんでした。ヤマハ発動機の山本寛氏のご好意で、別刷の来る前にコピーを読む事ができました。
2) ICCF8で発表できる論文が決まりました。News No.7でお知らせしたように、6篇の論文を申し込みましたが、申し込み数が多くて厳選したようで、大幅な削減を要求されました。常温核融合(水素同位体を含む固体内の核反応とその付随現象)研究の現状は、ICCF8の方針に掲げられた、他の分野との交流を図れる状態から程遠いことは明らかでしょう。それはNERI 計画へのMileyの申請が不採用になった経緯にも反映しています。(News No.8参照)再現性の悪さをどのように実験的に克服するか、それをどのように理論的に解釈するか、固体内核反応に量子力学は適用できるのか・できないのか、などの問題にたいして、研究集団としてのはっきりした基本方針を樹立しない事には、外部の批判に対して科学的に対応できないでしょう。その意味で、常温核融合だけを取り扱うのでない国際誌に、より多くの論文を掲載させることが重要です。
10篇以上の我々の論文がJ. Electroanal. Chem., Fusion Technol. Il Nuovo
Cimento, J. Phys. Soc. Japan, Intern. J. Hydrogen Energyに掲載されていることは、その意味で価値あることの筈です。多少のやり取りの結果、3篇の論文発表が認められ、1篇を口頭発表(20分)、2篇をポスター発表する事になりました。口頭発表の論文は
H. Kozima, "TNCF
model - A Phenomenological Approach"
です。未だに誤解のある、理論の中のモデル理論、巨視的現象論、微視的理論のそれぞれの特徴と役割を解説し、TNCFモデルの成功の意味を訴えたいと思っています。また、常温での固体内現象には量子力学が適用できる筈である事も示したいことです。
科学の方法論と言うと、なにか現実離れした抽象的な議論に聞こえるかもしれませんが、今のCF研究にもっとも必要なのが方法論だと思います。確たる証拠(実験的あるいは論理的な)も無しに、安易に既成の原理を放棄する理論的試みが幾つかありますが、その安易さが科学界から浮き上がる一つの原因になっています。「重箱」の角を突つく仕事と新しい「重箱」を作る仕事とでは、その論理の緻密性に差があって当然ですが、基本的論理構造は同じでなければなりません。この辺りの認識を共有しないと、異なる分野の研究者の間の対話は成り立たないでしょう。ポスター発表の2篇は
H. Kozima, M. Ohta, K.
Arai, M. Fujii, H. Kudoh and K. Yoshimoto, "Nuclear Transmutation in
Solids explained by TNCF Model"
H. Kozima, "The Cold
Fusion Phenomenon and Physics of Neutrons in Solids",
に決めました。前者は、3月にIntern. J. Hydrogen Energyに出た、Bockris達の結果の最近の解析を含めて、核変換の注目すべき意味を明らかにするために、最初に投稿した5篇の論文(TNCFモデル(1) - (5))の中から取り出したものです。後者は、主にこの2年くらいの間に明かにした中性子の固体内での振舞いとそのCFとの関係の紹介です。
3) 総合報告
”Electroanalytical Chemistry in the Cold Fusion Phenomenon”
を書き、投稿誌を検討しています。この総合報告を書くキッカケは、ある外国の出版社からの「トピックスを集めた論文集を出したい」という要請でした。条件面での問題で投稿するかどうかを決めかねています。原稿は書き上げて、その出来映えには満足しています。
内容は、CF研究における電気分解の重要な意味を、実験結果、特に核変換の局在性を手がかりにして解説したものです。小生の提唱している「定性的再現性」Qualitative Reproducibilityと、変換核の分布と生成ヘリウム4の気体中の存在で明らかになった反応の「局在性」Localization とはCFの物理を解明する重要なカギを握っているようです。
1989年のFleischmann-Pons-Hawkinsの論文は、電気分解系で異常な現象が起こる事を明瞭に示した最初の論文ですが、色々な点で不備なことが指摘されました。中性子検出に用いたガンマ線スペクトル、熱量測定の際の温度計の位置と攪拌の問題、軽水を使った対称実験の不在などなど、Huizengaの本には批判的に詳しく書いてあります。TNCFモデルによる解析では、何度か明記したように、論文に書かれている結果をそのまま使って結果を出していて、PonsとMorrey達のデータの整合は実験の正しさを示しています。
ある種の人達がTNCFモデルを評価しない一つの理由はこのようなデータ使用かもしれません。しかし「重箱」の中の世界では実験方法の厳密な評価が重要です.が、新しい「重箱」を作る作業では、できるだけ多くの実験データを一つの見地から整理して、統計的に意味のある結果を取り出す方が重要なことだと思うのです。これも方法論の問題です。
単純系での「引出しの中の乾板の感光」や「重石に使った鉱石による乾板の感光」などが、X線(1895年)や放射能(1896年)の発見に結びついたことは、良く知られています。複雑系での「電気分解の際の異常現象」がどんな発見に結びつくのか、未だ誰にも分かりません。しかし、電気分解の際に起こる電極表面の変化と水素同位体の電極への吸蔵とが、電解系でのCFPの必要条件であることは確かで、それを意識した実験が必要でしょう。
4) 見逃し因子Missing Factorについての考察 (2)
前号に続いて、見逃し因子について考えます。前号では、古典物理学で見逃されていた因子の中で相対性理論と量子理論で発見されたものが、光速度一定の原理と作用量子化の原理であることを述べました。発見の経緯は異なりますが、それぞれ測定精度の向上や対象領域の拡大が、新しい要因を考える必要性を生み出したことは明らかです。そして見逃し因子と以前の物理学の原理との相違が質的に大きければ大きいほど、その因子を取り入れる事によって生ずる物理学の変化は大きいことになります。上の二つの例はその最たるものであることは、言うまでもありません。
常温核融合が、見逃し因子をキイワードにしたとき、どのように見えるかを考えるのが、この項のテーマです。最近少し時間ができたのでG. TaubesとJ.H. Huizengaの本を精読しました。そこで改めて驚くのが、当時の研究者のフィーバー振りとD-D反応以外は目に入らない偏執です。それに付け加えれば、Taubesの本が余りに面白可笑しく書かれているために、その後、日本の物理学者が、原論文を読まずにこの本の内容を鵜呑みにし、自分の「重箱」に入らない事実を喜んで切り捨て、彼の描写を通して全てを判断した時代相でしょうか。ドラマの脚本と同じように読める本が、科学的な眞実を伝える筈はないのです。
Taubesの描写も、常温核融合現象の真偽に拘わらない部分は信用できると思ってよいでしょうから、次の文章は実際にテラーが述べた言葉に基づいていると思われます。
「リバモア国立研究所のエドワード・テラー博士が特別ゲストに招かれた。これで会議報告書にもぐっとハクがつく。八十の坂を越したテラーは、常温核融合はにわかには信じがたいが、かりに本物なら「電荷をもたない未知の粒子」が引き起こす現象だと思っていた。」(邦訳528ページ、文中のカギ括弧は原訳者、太字は引用者)
これは1989年10月16日から三日間、ワシントンで開かれた、全米科学財団(NSF)と電力研究所(EPRI)共催の「重水素を吸収した金属中の異常現象」と銘打った常温核融合研究会についての、G. Taubesの記述の一部です。すると、「水素爆弾の父」とも呼ばれる天才物理学者テラーは、あの騒動の真っ盛りに、常温核融合を齎す見逃し因子が「電荷をもたない未知の粒子」であると、直感的に感じとっていたことになります。
最近、中性粒子でなければ固体中での核反応を起こす事はできない、と考える論者が増えてきたようです。既知の粒子を考えるという、筆者と同じ方向のモデルにはFisherがいますが、その他の多くは、何とかして独自の中性粒子を考え出そうとしています。
この種の試みの幾つかをここで取り上げて検討するのも、CF研究界の現状を認識する上で、無駄ではないでしょう。
その1.一つは、E. Conteの仮定で、固体中で陽子が電子と合体して中性子になるというものです。中性子のβ崩壊では、782 keVのエネルギーが解放されます。100 V以下の外部電圧をかけたときに常温の固体の中でこれだけのエネルギーが一つの陽子-電子対に集中する確率は殆どゼロに等しいでしょう。したがって、Conteの仮定は理論と言うよりモデルです。固体中の陽子-電子融合を見逃し因子とするConteモデルは、まず種々の実験データの解析でその有効性を示し、さらに既存の原理と矛盾なく陽子と電子の融合による中性子生成を理論的に示さなければなりません。
その2.次に、R.L. Millsの仮定する、水素原子の1s軌道より低いエネルギーの準位を考えます。Millsは、主量子数が1/n(nは整数)の準位が存在すると仮定して、そのような準位の陽子・電子結合体をHydrinoと名付けています。これは量子力学の原理に矛盾する状態ですから、普通にはMills 理論というよりMillsモデルと言う方が適当でしょう。もし、Hydrino を見逃し因子とするMillsモデルがCF現象の説明に有効なことが示されれば、この仮定の理論的妥当性の検討が次の課題です。それは量子力学の原理の改訂に行きつくことになるはずで、固体中の現象が量子力学の80年の歴史を変える事になります。
ここでは、Millsモデルの有効性の検討よりは、そのモデルの内容の中性粒子仮定との類似を指摘しておきます。Millsモデルの仮定する低エネルギー準位は、軌道半径が小さいHydrinoという準中性粒子になるのですが、これはConteモデルの場合の<陽子・電子結合体=中性子>に、内部構造を考えたと見る事ができます。Hydrinoという準中性粒子が構造を持っていると、中性であるために近距離に接近でき、準位間の遷移によりエネルギーが放出・吸収されることになります。主量子数が1/nの準位を考えますから、多くの遷移エネルギーが準位間のエネルギー差で導き出されることになるでしょう。
その3.J.C. Fisherは宇宙物理学のneutron matterからの類推で、固体中に多数の中性子の集団であるポリニュートロンpolyneutronが存在すると仮定して、Miley達の観測した核変換生成同位体の質量スペクトルを説明しました。固体内の荷電粒子が相互に核反応を起こすほど加速されることはないだろうという予想は筆者と共通です。ポリニュートロンから何個かの中性子が格子核に吸収され、不安定になった原子核が液滴モデルの予想する核分裂を起こす、というのがFisherの描いた物語です。固体中でのポリニュートロンの存在は知られていませんから、これはFisherモデルともいうべきもので、NTの質量スペクトルの説明には有効性を示しました。ポリニュートロンを見逃し因子とするFisherモデルの物理的基礎は、宇宙物理学とは別に、固体中でそれが存在する可能性を示さなければならない筈です。
この考え方を参考に、最近のExotic nucleus 10He,
11Li, 32Naなどの知識を考慮したTNCFモデルの拡張が、Fusion Technol.37, No.5 (2000) に出る筆者の論文です。
E. Tellerの予想から出発して、中性粒子の介在した幾つかのモデルを検討してきましたが、見逃し因子をどの様に捉えているか、という視点で一つの理論的アプロ−チを検討することの有効性を示したつもりです。理論的なアプロ−チの中には、その本質を明瞭に提示できていないものがあり、そのような場合には間違った受け取り方をされ勝ちです。故J. Schwingerの、2個の重陽子が融合してヘリウム4とフォノンになるという仮定も、理論的導出に成功せず、その限りでシュインガーモデルでした。一時はシュインガー理論(即ち論理的に導出されたもの)として喧伝されていた気配がありました。また、P. Hagelsteinが提唱した、格子核内の中性子がフォノンの媒介でvirtualに隣りの格子核に遷移するという仮定は、中性子の発生なしに過剰熱の発生を可能にし、実験値を定量的に説明すると発表されました。この仮定を見逃し因子とする Hagelsteinモデルは、本人が108 倍(8桁)の計算違いに気が着いて、破産しました。意想外の結果を導く計算には、注意が必要です。