CFRL News No. 8 (2000..1. 10)

               常温核融合研究所      小島英夫

明けましてお芽出とうございます。

今年は地球社会が、人間同士の関係でも、環境に対しても、より良い状態に向かって進む第一歩を踏み出す年になることを祈りたいと思います。

 年の始めにCFRL News (Cold Fusion Research Laboratory News) No.8をお届します。

   8 号では、

1)     Intern. J. Hydrogen Energyに投稿した第4論文が掲載可で受理されたこと、

2)     荒井邦仁君の努力でCFRLWebpageがほぼ完成したこと、

3)     NERI計画に応募したMileyの研究が最終的に不採用になったこと(と科学の社会的基盤について)をお知らせし、

4) 常温核融合現象の理論についての考察をします。

 

1) 8月にIntern. J. Hydrogen Energy投稿した論文

Kozima, H. and Arai, K. “Local Coherence, Condensation and Nuclear Reaction of Neutrons at Crystal Boundary of Metal Hydrides and Deuterides”

が受理されました。Abstractを次に引用します。

ABSTRACT: Using a concept of the neutron Bloch wave in the one-body approximation presented previously, possibilities of following effects in   boundary regions of crystals including hydrogen isotopes are pointed out: occurrence of local coherence, formation of neutron Cooper pair, condensation of neutrons, formation of neutron drop and an effective nuclear reaction of a nucleus with thermal neutrons. It is shown that these new states and reactions will have strong effects on solid state-nuclear physics in metal hydrides (deuterides). Stochastic occurrence of localized nuclear reactions observed in CF experiments is explained by these properties of the trapped neutron. Possible application of the nuclear reactions in metal hydrides is discussed.

 

2) CFRL-Webpageが荒井君の努力でほぼ完成しました。Webpageは次の通りです:

http://www.mars.dti.ne.jp/~kunihito/cf-lab/index.html

研究論文リストおよびこのNewsのバックナンバーも入っていますので、ご利用下さい。また、気のついたことがありましたら、お知らせ下さい。

 

3) ヤマハ発動機(株)の山本寛さんの送ってくれたInfinite Energyの最近号 (No.28) のコピーによると 、前号までにその経緯をお伝えしてきた懸案のDOENERI計画が、Mileyの申請を匿名の再審査委員会の裁定で不採用にしたそうです。その経緯は次のようなことです。

 Office of Nuclear Energy, Science and TechnologyDirector Mr. W.D. Magwood, IVSenator B. Smithの問い合わせ(要望書)(News No.67)参照)に対して答えた文書の中に、次の一節があります。

   “The proposal in question, selected for negotiation of an award under the Nuclear Energy Research Initiative (NERI) is entitled Scientific Feasibility Study of Low Energy Reactions for Nuclear Waste Amelioration. This proposal was first reviewed by a peer review panel in the field of nuclear waste technology as identified in the proposal. We believe this review was appropriate. However, the unique and crosscutting nature of this proposal prompted us to conduct a further evaluation of the proposal by six independent peer reviewers specializing in the fundamental sciences, appointed by the Department’s Office [sic] Science. This review, completed on September 7, 1999, did not recommend that this proposal be funded. As a result, there will not be a NERI award for this proposal in fiscal year 1999.” (Italicized by H. K.)

この経緯を常温核融合研究の進展を承知している我々から見ると、technologyの面から取り上げられた課題を、既存の物理学の枠組み(「重箱」)に囚われたfundamental scienceを標榜する科学者達が、「重箱」に収まりきらない事実を是が非でも日陰に押し込めておきたいと考えてボツにした、という構造が見えてきます。

思い出すのは、199210月に名古屋で開かれた第3回常温核融合国際会議(ICCF3)に関して、日本物理学会がスキャンダラスな声明を出し、その後も会誌編集委員長のT. Y.氏を始めとする「数理物理学者」が中心となって常温核融合と名の付くものを全て圧殺しようとしてきた事です。その経緯の一端は、拙著「常温核融合の発見」の付録の会誌投稿論文と退職記念文集「「常温核融合」の物理学への道」に収録した一文(p.76)で明らかにした通りです。

Hot fusionとの競合、Taubesの本のスキャンダラスな記述などの影響を考えても、科学的な態度がこれほど広範に日本物理学会や、アメリカ物理学会から失われている状態は異常としか言いようがありません。せめてもの救いは、科学の伝統を最も良く受け継いでいるヨーロッパで、イタリアやロシアなどの物理学会が新しい「重箱」を作る試みを積極的に支援していることです。

ロシアでは、1992年以来Cold Fusion and Nuclear Transmutationの国内会議が毎年開かれています。イタリアでは、国立核物理学研究所INFNや国立大学の研究者により国費でCFの研究が行われており、2000年の5月末にLericiで開かれるICCF8も、イタリア物理学会を含む3団体が後援しています。実行委員長のDr. Franco Scaramuzziからの、次の開催通知にもこの事情は明らかです。

“I am pleased to inform you that in May 2000 the 8th International Conference on Cold Fusion (ICCF8) will take place in Italy, at Lerici, near La Spezia, in a beautiful spot on the Tirrenian Sea, and will be organized by the “Ente per le Nuove Tecnoligie, l’Energia e l’Ambiente” (ENEA).

Cold Fusion, which some prefer to call “New Hydrogen Energy”, is still having difficulties as far as communication with the traditional scientific community is concerned. This has not prevented research on this subject from making progress, witness the seven preceding Conferences. The scientific features of this field are highly exciting, from the production of excess heat of most probably nuclear origin to the fascinating field of “transmutations”, to the theoretical interpretations in terms of collective and coherent phenomena in condensed matter. The prospect of potential future applications adds more charm to the field.

In this Conference an effort is made to improve communications between the Cold Fusion community and the scientific world at large. This is the significance of the important sponsorships that have been secured to it: the Italian Consiglio Nazionale delle Ricerche (CNR), the Italian Istituto Nazionale di Fisica Nucleare (INFN), the Societa Italiana di Fisica (SIF).”

CFP(Cold Fusion Phenomenon)と既存の物理学との関連を明らかにしようという意気込みが、明確に表明されている点も忘れてはならないことです。

 

4) 常温核融合の理論と新しい科学について

 前項とも関連して、新しい科学の誕生を、常温核融合の歴史の中で考察してみます。

 まず、日本での常温核融合を取り巻く状況を見てみましょう。イ)拙著「常温核融合の発見」の付録に取り上げた、1993年のICCF3に関する日本物理学会(理事会)の対応および「日本物理学会誌」への投稿論文(1994年)の取り扱いと、ロ)拙著「「常温核融合」の物理学への道」(p.76)に収録した「会誌」への投稿論文(1997年)の取り扱いとは、同じ文脈の問題です。前者は当時の理事会の強硬派であった頑迷な「数理物理学者」が、主観的、一方的に書かれた個人の手紙やジャーナリストのセンセーショナルで非科学的な本などをもとにICCF3とその執行部(池上英雄委員長)を批判した「理事会声明」を出し、それを批判した私の論文を掲載拒否したものでした。後者は当時の「会誌」編集委員長の「数理物理学者」Y. T.氏の個人的な偏見が、会員の自由な意見表明を圧殺したものでした。この点は、アメリカ物理学会の「会誌」であるPhysics Todayの方が自由主義を維持していて、CF関係の投稿論文も自由に掲載されています。

一般論としては、「重箱」の中の議論には権威者が存在し得て、投稿論文の価値判断も可能なことが多いでしょう。しかし、新しい「重箱」を作る営みでは、権威者は存在せず、従ってどんな奇抜なアイデアも、既成の「重箱」との関連を明確にする限りで、存在意義を持っていると言えることは、以下に略述します。「常温核融合の発見」でも述べたように、原子のBohrモデルは古典電磁気学と矛盾する仮定の上に成り立っていました。それ故に当時の権威者の多くが、モデルの価値を理解できなかったのでした。

問題は、まずa) 新しい実験事実を認めるのかどうかです。次に新しい実験事実を認めるとしたときに、それが既成の科学の枠とどのように矛盾するのか、です。それは二つに大別でき、b) 基本原理と矛盾するときには、新しい原理が実験事実によって開示されることになり、c) 既存の原理の適用結果と矛盾するときには、新しい条件設定が必要となります。それぞれの場合に種々の試みが有り得て、どの試みが正しいのかを決める際に、他の事実との整合性が判定基準となるのが科学です。既存の科学の重みは無視できません。

既得権益に絡んだ利害関係の為にCFPの存在を認めたくない学者達から一部の「数理物理学者」まで、事実の詳細な検討なしにa) のレベルで反対しています。その好例は、国際会議でのD.R.O. Morrisonの発言であり、News No.6 7)で述べたScienceの記事です。

TNCFモデルはc) に属しており、「固体中の熱中性子の行動」という、古い実体の新しい局面での物理学が常温核融合という新しい現象を齎したという立場を取っています。その点は、b) に属する水素原子のボーアモデルが、新しい科学である量子力学を予見したのとは違っています。

常温核融合の説明を試みる理論やモデルには、b)の立場を取るものもあります。それらの考え方に共通した問題点は、新しい基本原理を模索することを自覚した科学性に欠ける傾向が強いことです。いずれにせよ、b) あるいは c) の立場の理論にとって最低限必要なことは、常温核融合現象の全体を説明することでしょう。次にb)で必要な事は、新しい基本原理が予測する常温核融合現象以外の現象を、実験事実で検証することです。

b)の立場のR. Millsの理論に対して、Stanford UniversitySteven Chu (ノーベル賞受賞者) が次のようなコメントを書いているそうです:“It’s extremely unlikely that this is real, and I feel sorry for the people who are backing this.”

それに対して、雑誌Infinite Energyの編集者は To that we reply, with an out-of-context take-off on one of Dr. Robert Park’s lines, “As far as new energy is concerned, a Ph.D. and a Nobel Prize is no inoculation against foot-in-mouth disease or a guarantee against uttering foolishness.” と言っています。

問題はMillsの理論が常温核融合現象の一部分を説明するために仮定している”His theory of “classical quantum mechanics” that allows sub-ground state hydrogen atoms” が、他の物理現象とどのように折り合うかです。ノーベル賞とは関係なく、そこが問題なのです。量子力学的な水素原子の基底状態よりも低いエネルギーの状態が存在すると結論した “Classical quantum mechanics” は、量子力学を革新する新しい原理に基づくことになります。しかし、原子と原子核のレベルではそんな原理は殆どありえないことです。

同じことはE. Conteの“陽子と電子が陰極表面で結合して中性子になる反応”という理論についても言えます。これは、中性子不足の不安定核がK電子捕獲することから類推したc) に属する理論でしょう。しかし、この反応に必要な0.782 MeV(中性子がβ崩壊するときの解放エネルギーに等しい)をどこから調達するのか、弱い相互作用による反応確率が小さい事をどう克服するのかなど、物理学の常識とどのように折り合いをつけるのかがはっきりしません。b) に属する理論とすれば、Millsの理論と同じ困難に出会います。