CFRL News No. 7 (1999. 12. 10)

                常温核融合研究所      小島英夫

 

   CFRL News (Cold Fusion Research Laboratory News) No.7をお届けします。

   第7号では、

1)     Il Nuovo Cimentoに出る論文のSynopsis,

2)     Il Nuovo CimentoRefereeTNCF modelの認識、

3)     「放射線科学」に投稿した論文「生物核変換の不思議」のこと、

4)     ICCF8に投稿した論文6編、

5)日本における環境中性子の測定データ、

6)原子核の殻構造の彦坂モデルついて、

をお知らせおよび検討します。

 

1) 前号3)でお知らせしたIl Nuovo Cimentoにでる論文のSynopsisをお目にかけます。

Synopsis

 The energy spectra of neutrons in the cold fusion phenomenon measured by Bressani et al. in Ti/D gas loading system were analyzed with the TNCF model proposed by one of the authors (H. Kozima). The result shows that the data of positive results are interpreted consistently with a value of the adjustable parameter n_{n} = 10^{4} ~10^{7} cm ^{-3}. These values of n_{n} are in the smallest range of values determined hitherto in various materials used in the cold fusion experiments with positive results. Possible cause of the small value of the parameter n_{n} is discussed taking into consideration the characteristics of the sample.

 

2) Il Nuovo Cimentoに掲載される論文のSynopsisを上に引用しましたが、この論文のレフェリーのコメントが、科学的思考の常道を示しているので(特に斜線部)、ここに引用してお目に掛けたいと思います。当然の事ながら誰がレフェリーなのかは分かりませんが、これだけの文章が書けるのは、T. Bressaniクラスの学者でしょう。Bressaniはトリノ大学の教授で、イタリア国立原子核物理学研究所(INFN)所員、第2回常温核融合国際会議の組織委員長を務め、その後もCFを核物理学の立場から研究している物理学者です。

The paper reports on the application of the TNCF (Trapped Neutron Catalyzed Fusion ) model to the analysis of neutron spectra measured in some gas loading Cold Fusion experiments. The analysis shows that the data are reasonably well reproduced. The main objection is that the starting hypothesis of the model can be questioned. However all theories or models trying to explain the complex and puzzling phenomenology of Cold Fusion must, by definition, start from an unconventional hypothesis. In this sense the starting hypothesis of Kozima is among the “more acceptable” ones. It is demonstrated by the fact that other applications of the TNCF model were already published in the past few years by some refereed physics journals.”

 この後に、反応式についての注意と英語の拙さについてのクレームが続きます。反応式では、A(e)+B = C + D + eという記法は間違いである、という指摘があります。確かに、あまりお目にかからない記法ですが、便利なので勝手に使っていたものです。

 英語の拙さは、戦後教育の質の結果ですが、個人的素質の問題でもあるでしょう。今のところeditorの好意に甘えるしか方法はなさそうです。

 

3) 「放射線科学」(1999Nos.1011)に小生の解説記事「常温核融合研究の現状」が掲載されたことは、このNewsNo.65)にお知らせしました(No.910となっていますが間違いです。9月と10月にでましたが。)。この雑誌のNo.10に島田義也氏の「第11回国際放射線研究連合総会印象記」が載っており、その結びに次の文章がありました。

「以上、遺伝的不安定性の誘導やbystander効果、および適応応答などの現象が明らかになるにつれ、従来の標的説に基づく高線量から低線量へのリスクの推定は、そう単純ではないかもしれないという印象をもった。」

 ここに記されている放射線に対する生体の複雑な反応を知ると、私が「発見」に記した捕獲中性子の作用による生物核変換もあり得ない事ではない、との思いが一層強くなりました。この方面の研究者に知っていただき、交流が計れれば、そこに何らかの成果が生まれる可能性もありそうだ、との考えから、「生物核変換の不思議」と題して一文を寄稿しました。「発見」に書いた内容を、現在の知識でもう少し補充した内容です。

しかし,1126日の編集会議で、掲載不可になったとのことで、「放射線科学」でも生物核変換の不思議は、科学の対象とは受け取ってもらえなかったようです。

 

4) ICCF8の講演申し込み期限(1215日)が迫ってきて、次の6論文を申し込みました。今までの会議のときと違って、ホームページから申し込む形が主流になったため、最初戸惑いを感じましたが、何人かの方々のご指導によって、なんとかなりそうです。

1. Kozima, M., Ohta, M., Arai, K., Fujii, M, Kudoh, H. and Yoshimoto, K., “TNCF model (1) - Explanation of Excess Heat in CF Phenomenon”

2. Kozima, H., Ohta, M., Kudoh, H., Arai, K., and Fujii, M., “TNCF model (2) - Explanation of Tritium Data in CF Phenomenon”

3. Kozima, H., Kudoh, H., Fujii, M. and Arai, K., “TNCF model (3) - Explanation of Helium Data in CF Phenomenon”

4. Kozima, H., Fujii, M., Ohta, M., Arai, K. and Kudoh, H., “TNCF model (4) - Explanation of Neutron Emission in CF Phenomenon”

5. Kozima, H., Arai, K., Fujii, M., Kudoh, H. and Yoshimoto, K., “TNCF model (5) - Explanation of Nuclear Transmutation in Solids”

6. Kozima, H., “The Cold Fusion Phenomenon and Physics of Neutrons in Solids”

 

5) 環境中性子の流れ密度について。

TNCFモデルで環境中性子(CF実験の立場からは背景中性子)が非常に重要な役割を果たす事は、ご承知の通りです。これまでは、Nature 338p.711(1989) に出たArgonne National Lab.J.M. Carpenterの説明だけを議論の基礎にしていましたが、金沢大学の低レベル放射能実験施設(LLRL)の小村和久教授が測定をしている事を知り、早速データを教えてもらいました。

それによると、日本における最近のデータによる、熱中性子に換算した地上での中性子束密度は0.001から0.002 n/cm^2 s程度とのことです。ただし、この値はもう少し高くなる可能性のある値とのことです。Carpenterの言う0.01n/cm^2 sとの違いは、アメリカの緯度が日本より高いことと現在太陽活動が極大期に近いために中性子が少なくなっていることが影響しているようです。それらの理由で、Carpenterの値を使って議論しても大過はないようです。

なお、小村教授の使っている熱中性子測定法は、197^Agが約990bの吸収断面積で熱中性子を吸収し、時定数2.7dでβ崩壊する現象を使うもので、今回の東海村JCO臨界事故でも活用した優れもののようです。

また、LLRLの尾小屋極低レベル放射能測定室は旧銅鉱山の坑道を利用した施設で、土被り厚さ135mですが、土質の関係で背景放射線が非常に少なく、神岡鉱山(水深2700m相当)と同等の精密測定が可能とのことです。

 

6) 彦坂忠義氏(19021989)の原子核の殻モデルと研究のOriginalityについて

高等学術研究所の薮内憲雄さんが、

T. Hikosaka, “Quantenstufen der Neutronen im Kerne” Science Reports of Tohoku Imperial University, Vol. 24, p. 208 (1935)

のコピーを送ってくれました。この論文は読売新聞社の単行本『20世紀 どんな時代だったのか、思想・科学編』に「早過ぎた原子核理論」として紹介されている彦坂氏の殻モデルの原論文です。TNCFモデルを頭においてのご好意と、薮内さんに感謝しています。

ドイツ語なので全14ページをすらすら読むわけにいかないのですが、序言と結論によれば、彦坂モデルは次のようなものです。

原子核内にはα粒子がかなり安定な状態で存在し、原子核は複数個のα粒子と複数個の中性子からなると考える事ができる。中性子の間には力が働かないが、α粒子と中性子の間には遮蔽クーロン型の中心力ポテンシャルで表わされる引力が働く。α粒子の数で決まる大きさの長方形ポテンシャルの中で中性子の量子状態が決まり、そのエネルギーは離散的になる。したがって、原子核のエネルギーが離散的スペクトルを持つ事を説明できる。

この論文は1934年にKwagaku「科学」の4、7、11月号に書いた短い報告の纏めである、と書かれているので、着想は1934年の早い時期のようです。Kwagaku「科学」がどのような雑誌なのか興味のあるところです。

1949年にM.G. MayerJ.H.D. Jensenが独立に提唱し、1963年にノーベル賞を受けた殻モデルの先駆けとなる筈の業績であったというのが、上記の本の言いたいことのようです。1935年に核力の湯川理論が出ていますが、彦坂モデルと湯川理論が、当時の世界的な研究の流れの中でどのような意味を持っているのかは、興味があります。

湯川理論といえば、面白い本を見つけました。武谷、坂田、中村編『素粒子の本質』岩波現代科学選書(1963年)です。この「第W篇 展望、これからの方向についてT」で、湯川秀樹、坂田昌一、片山泰久の三氏の座談会の記録が載っています。その中で、湯川博士が,1935年に発表したご自分の計算が間違っていた事を認めています。

 湯川「…要するに中間子でやってみた。坂田さんにも御一緒にスカラー中間子での計算   をずい分やっていただくようになったが、どうも具合が悪い。しかし擬スカラーという事はすぐには思いつかないで、むしろベクトルでやるのがよいじゃないかという事が初めから頭にあった。というのは電磁場との類推ということは最初からありますから、電磁場がベクトルということは、何か自然界にそういうものが現れる理由があるかもしれないということで、坂田さんや武谷さんなどと皆一緒になって、ベクトル中間子を大分やった。どうもそれではうまくいかんということがありまして、一応その段階では、擬スカラーというのに落ち着かざるをえなくなった*。(*脚注:第一論文Yukawa; Proc. Phys. Math. Soc. Japan 17 (1935) 48ではスカラー型がとりあげられている。これは第2論文でも同じ、第3、4論文ではベクトル型が論じられている。擬スカラー型に落ち着くのはずっと後である。)」

W. PauliE. Stueckelbergの計算間違えを指摘して、スカラー型では斥力になってしまうからナンセンスだと批判したこと、Stueckelbergはそれで論文を発表出来なかったことを、何かで読んだことがあります。間違えに気付かずに発表できていれば、後で訂正する可能性も残る訳です。なお上記の脚注でも、中間子の波動関数を擬スカラーにして、核力が引力になることを正しく導いたのが何時で、誰によるのかは、明らかにされていません。

彦坂氏の殻モデルは、G. Gamowの著書Structure of Atomic Nuclei and Nuclear Transmutations, Oxford, 1937に描かれている当時の研究との関連で評価しなければならないようです。そのChap. II, Sec. 4によれば、1934年の段階で、原子核内にα粒子が安定に存在し得るかどうかが議論され、W.M. Elsasserがその不可能性を示しているようです。従って、彦坂氏の前提は当時も受け入れられないもので、外国の雑誌に掲載を拒否された(と書かれているという)のは、そのためではないでしょうか。

さらに歴史を遡ると、原子の長岡モデルとボーアモデルについても、その質的な違いを認識しておく必要があります。ボーアの原子模型では、惑星型の原子模型が古典電気力学に矛盾することを明瞭に認識し、しかし原子の体積を有限に保ち原子スペクトルを説明するために、その矛盾のエッセンスとしての仮定、(1)定常状態の存在とそのエネルギーの決まり方、(2)定常状態間の遷移による電磁波の放出と吸収、を提出したのでした。矛盾の認識が、新しい力学である量子力学の探求に向かったことを考えれば、ボーアモデルの革命的な意味がはっきりするでしょう。