ポートランドだより (12                             2003. 5. 15

5月に入って、北国のここポートランドでも、だいぶ気温が上がってきて、肌着に長袖シャツで済むようになりました。今年は例年の通り(らしい)雨の多い冬でしたが、4月に入っても雨は降り続いて、高校野球の開始が1,2週間遅れるという椿事も起りました。石楠花が次々に白、紅、紫の花を開き、皐月類も満開です。街路樹のカエデからは、プロペラ型の若い実が散って、歩道を緑に染めています。こんなにたくさんの実が秋の結実期を待たずに散ってしまうのはもったいない、と思うのは見当違いの心配なのかもしれません。ちゃんとした理由がカエデの木にはあるのでしょう。

例年の音楽学部の公演があり、オペラの方は、モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」(Don Giovanni)を楽しむことができました。一昨年の公演に「魔笛」(Die Zauberfloete)を聴き、感心したことを前に書きましたが、その前年が「フィガロの結婚」(Le Nozze di Figaro)で、その前に「女はみんなこうしたもの」(Cosi fan tutte)をやったということです。「魔笛」の「夜の女王」役は卒業生でプロとして活躍している歌手の応援を得てこなしていたのですが、今年の「ドン・ジョバンニ」は、すべての役を大学院を含む在校生がやっていて、感動を与える公演を実現したのですから、その実力には驚きました。「フィガロの結婚」、「ドン・ジョヴァンニ」、「魔笛」の録音が3枚のDVDになって販売されています。(3枚組30ドル)

前にも書きましたが、僕が最近聴く音楽はほとんどがモーツァルトで、それもオペラが多いのですが、それに似た趣味の人間はけっこう多いようです。昨年、盛岡駅の古書市で買って、帰りの機中で読んだ本の中から、2,3の文章を拾ってみました。

モーツァルトのオペラ礼讃抄

「フィガロの結婚」

---大岡昇平は、(「フィガロの結婚」の中の)伯爵夫人のカヴァティーナ*〈愛の神様〉、アリア〈美しい時はどこに〉、ケルビーノの〈恋とはどんなものかしら〉に魅せられてしまう。特に〈愛の神様〉をレコードで聴いた経験は「雷の一撃」だった、と彼は「ケルビーノ礼讃」などでくりかえし述べるのである。」(大岡昇平 「ケルビーノ礼讃」 高橋英夫の引用(下記P.139)による)[*引用注、カヴァティーナ=アリアの一種で反復しないもの]

「ドン・ジョヴァンニ」

「この作品は、あらゆる洋楽、あらゆるオペラの中で類を異にするする傑作であり、のみならずモーツァルトのものの中でもずば抜けて完成されたものに見えていたのである。」(河上徹太郎 「ドン・ジョヴァンニ」 講談社学術文庫 958P.11)

「魔笛」

「魔笛はモーツァルトの最後の声であるが、このオペラの中に無限の生命の旋回と最も隔たったものの一致が見出される。これがおしまいである。」(高橋英夫 「疾走するモーツァルト」 講談社学術文庫1369P.234

 交響楽団の方は、ドイツのシュツットガルト大学交響楽団(University of Stuttgart Academic Symphony Orchestra)を招いて、共演するようです。5月29日に開かれ、演目は次のとおりです。

Weber “Euryanthe Oveture”

Brahms “Double Concerto”

Schumann “Symphony No.4”

もう一つは、独自の演奏会で、6月8日に開かれ、演目は次の通りです。

Liszt “Piano Concerto No.1”

Bruckner “Symphony No.9”

アメリカの中でも僻遠の地、西部開拓の最後の到達点、オレゴントレイルの終点であるオレゴン州は、文化的にもちょっと異質な州であることは、これまでにも何度か触れました。そんな事情もからんでいるのでしょう、「科学、技術および公共政策のための協会」(The Institute for Science, Engineering and Public Policy)が毎年、5.6回の文化講演会を開いています。大きな演奏会場で開かれる講演会の入場料は、前の10列位までが44ドルから25ドルとかなり高いのですが、あとは大学、高校などを通じて無料の招待券が配られます。

59日に、物理学者のダイソンFreeman Dysonの講演「技術と社会正義」(Technology and Social Justice)が、「公園通り」のSchnitzerホールで開かれました。招待券を手に入れて聴きにいきました。話の内容は、8種の世界的な社会政策を取り上げて、その成功、失敗の原因を説明し、「Top downは皆失敗しており、Bottom upは皆成功している」という結論を示したものでした。それはそうでしょう、問題はなぜTop downの政策が多いのかではありませんか、と聞きたいと思うのは僕だけではないでしょう。イラク戦争の後始末でも石油開発にブッシュ政権に近い会社が選ばれているとか、日本の行政改革でも天下り先の確保のために基本方針が歪められているとか、言われ、書かれていますね。現実には利権がらみの政策がまかり通るようです。

ダイソンは、Feynman, Schwinger, Tomonagaがノーベル賞を受けた研究を、きれいにまとめた仕事で僕も記憶している量子電気力学の研究者です。(そのとき彼は24歳だったようです!)ノーベル賞は受けていませんが、その他の多くの賞を受けています。講演会でもらったパンフレットに、彼が2000年にテンプルトン賞Templeton Prizeを受けたときの記念講演「科学と宗教の進歩」(Progress in Science and Religion)の記録が載っていました。科学者の宗教観として、なかなか面白いので、docファイルをつくって添付しましたので、興味のある方はお読みください。

3月に書き上げた常温核融合の論文は、ページ数が多すぎるから半分にしてほしいという編集者の要請で、一月かかって内容を改変し25ページにまとめ上げました。あとは英語を磨き上げるだけですが、これが一筋縄ではいかない大仕事です。余り急がなくてもよいようなので、6月の学会の後にでもじっくり取り組むつもりです。