木曽駒が岳 ―星と月と灯―

 

826日、27

木曾山脈縦走を目指して、新宿発23.55の鈍行に乗る。辰野で飯田線に乗り換え、宮田下車。僕は殆ど眠れなかった。駒まで5時間の行程と、多寡をくくって歩き始めたが、同行の金子君と共にすぐにバテてしまい、尾根に取り付いてからは10分歩いて5分休むという有様だった。これではとても駄目だと見切りをつけて、駒ヶ根キャンプ場泊りときめる。

駒ヶ根キャンプ場は村有の牧場小屋で、一泊60円という所。テントで50円。気分を出すためにテントにしようとしたが、夕立模様なので、一度張ったテントを畳んだ。相客はなく、村の人たちが牛を捕まえに来ていたが、それもいつのまにか下っていってしまった。

好意に甘えて飯を炊いてもらい、味噌汁をご馳走になる。夕食後、小屋の後の丘に登って夕日と伊那の灯を眺めながら、声を張り上げて歌を唄う。南アルプスの真上と思われる辺りに立ち上った入道雲のなかで盛んに放電して、不夜城のようにきれいなのには眼を驚かされた。歌も尽き、声も涸れて、灯の待つ小屋へ戻った。

 

828

今朝は、6時に出発するつもりだったが、生憎の雨模様だったので、8時近くなってから小屋を出た。あまり好ましくない空模様だったが、伊勢滝の勇姿を仰ぐ頃は青空がひろがっていた。この滝は30メートル位の落差があり、水量も豊富で、なかなか見ごたえがある。

それからずっと黒川沿いに遡り、7合目の辺りで稜線への急坂を登る。途中、宝剣小屋へ左折する径を別ける。

登りついた稜線は馬の背とよばれるピークの下部で、馬の背の次は駒ケ岳である。ここで茶を沸かし、スープを作って昼食をとる。この辺りまでは天気も悪くはなく、木曽・伊那の谷が両側に望まれたが、駒へかかる頃から悪くなって、小雨さえ降り出す。頂上で30分ほどガスの晴れ間を待った後、キャンプ場の親切な親父さん(春日さん)が教えてくれた石室を探すために宝剣岳から駒飼の池へ向かう。宝剣小屋で絵葉書を買い、石室を尋ねるが教えてくれない。仕方なく下って、径からちょっと入った所に大岩のかぶさった室を見出す。ホッと一安心。

炊事中、通り雨に見舞われて、ちょっと心配になったが、夕食の済むころは、月と星が輝く空になった。

浮かれて中岳まで月見にいく。登り45分位。南ア、御岳が一面の雲海上に黒く浮き上がって美しく、星は降るように、ここに山男の心は恍惚境の極みに達し、歌を唄う気にもならない。ただ、じーっとしていたかった。吹く風は冷たかったが、それも心地よかった。今日も八ヶ岳の辺りに立ち上ったキノコのような入道雲では、夜の饗宴が開かれ、稲妻が一直線に、半円状に、ジグザグに、走っては消えていた。美しい。

金子君に促されて Sweet Stone Homeに向かう。帰り道で度々兎に出会った。仔兎を追いかけて危うく捕まえそうになったが、結局逃げられてしまった。残念だったが、その方がよかったのだろう。

就寝。月光が頭のすぐ上を照らしている。中岳の岩壁が、月光を正面に受けて恐ろしいほど輝いている。その光がいつのまにか消えて行った。

                          (1958.8.282230

 

 

剣が峰

829

5時に眼を覚まして、ガタガタ震えながら、朝日に輝く山々を見に出かける。途中で太陽は上がってしまったが、剣が峰2933メートルからの360度の眺望は素晴らしかった。南ア連峰とその背後の富士、八ヶ岳連峰、後立山連峰、槍、穂高、乗鞍、御岳、中アの空木岳、南駒。山々の合間を低く雲海が埋めている。縦走者が通って行く。僕らも出発の準備をしなくては。

                       (1958.8.29 中央線車中にて)