五月の谷川岳

 

小松製作所の寮に泊まって谷川岳に登る。中ゴー尾根の登りはピッケルを持っていなかったので、肝を冷やした。もうこれまでか、と思ったこともあった。幸い、二人組のパーティー二組といっしょだったので、ステップを切ってもらったり、先に歩いて足跡をつけてもらったりしたので大分助かった。いま思い返してみると実にスリリングだった。

肩の小屋は登山者で満員。仕方なく岩陰でコッフェルを出して茶を沸かし、飯を食う。海苔巻の握り飯。これでもコッペパンよりは増しだ。暖かい茶の飲めるのもよい。間もなく小雨が降り出す。はじめは顔を覗かせていた幕岩も途中からガスに隠れてしまい、ズーっと霧の中を歩いてきたのだった。最大の敵は雨だ。退散を決め、肩の小屋で径の状態を聞いて出発。天神尾根を下る。

最初は急な雪渓でビクビクだったが、下がなだらかだったので、登りなおしてグリセードの練習をする。それからちょいちょいグリセードの練習をする機会があった。尾根がなだらかだからだ。「天神小屋まで300m」の道標を過ぎてから、無考えに雪渓を下る。雪の有るうちは良かったが、それからが大変だった。結局、沢を下って天神小屋からの径に辿りついたが、手は擦りむく、膝は擦りむくという健闘ぶり。沢の出合で休んでウィスキーを飲む。美味かった。

宿へ帰ってから飲んだビールの美味かったこと。咽喉にピリピリきた。風呂の気持ちの良いこと。山帰りには風呂の有る宿で温泉に浸かってのんびりするに限る。

太田、大木の二人はスヤスヤ眠っている。疲れたのだろう。二人ともよく歩いた。

下り径でクゲ君という若い人と一緒になった。谷川温泉まで一緒に来て別れたが、帰りの苦労を共にした仲間だと思うと、なつかしい。

全体として楽しい、豪華な山旅だった。

                         (1958.5.4 夜、谷川温泉にて)