北沢小屋

 

夕刻になって雨はようやく上がり,青空がのぞく.新兵だから太い木を一本切ってきて,炊事の用意をして,飯島君が火を燃しつけているのを、あたりながら手伝う.

靴下が勿体ないので素足に濡れ靴をはいているので,冷えて鼻汁が出てくる.

夕飯は中村さんが腕を振るってさつま揚げと天婦らの残りを砂糖をたっぷり使って煮付け,白菜をバタ−でいためてくれたので,うまく食える.

明日の朝と昼の二食分を今夜炊くつもりだったので先に一緒にといだのだが、足りなそうなので又2合とぐ.雨は上がっていたのでまだよかった.

炊事用に使っていた渓流が増水して,その上を覆っていた雪を融かしてしまったので,長衛小屋および峠へ通ずる道は消えてしまい,明日は徒渉しなければ帰れないことになった.

未だ明日の飯を炊いているが,僕は寝袋の中に入ってしまう.生木はさかんに煙る.昨日濡れた衣類はヤッケを除いて未だ着られない.ヤッケはラジュウスで一日がかりで干して,未だいくらか水分があるが着ていると暖かい.あとは寝るばかりだ.

                              (1956.3.20)

 

後記

 東京理科大學2部山岳部の春山登山で、リーダーは3年の日高君、中村、飯島、僕の4人パーティー。北沢峠をベースに千丈ヶ岳と甲斐駒ケ岳を登る予定で、飯田線の伊那北から入山した。ピッケルとアイゼンは安本さん(工業技術院技官?)が貸してくれた。返しにいったら、守衛が「安本(あんぽん)のか」と言ったのが、妙に印象に残っている。安本さんは、小柄な、細身の、人の良さそうな上級生だった。

 

 

望郷

 

1.はるけき わがふるさと

  丘にのぼり われは立ちぬ

  沈む入日 目守りて

 

2.恋しき 我が故郷

  旅寝寒く 夢に立ちぬ

  老いし母の背姿

               (1956.3.20)