27.『常温核融合の発見』自薦文

読者の皆さんの中には、常温核融合と聞いて耳を疑う方も多いことでしょう。かつて物理学の研究者だった人や大新聞の編集者、書評者などが、既成概念や科学以外の些事を理由に、「あれは間違いだった」、「ペテンだった」などと、書いているからです。

室温でパラジウムを陰極にして重水を電気分解したときなどに、熱・ヘリウム・トリチウム・中性子などが発生する常温核融合と呼ばれる現象が、この 8年間の間にたくさん見つかっています。それらの事実は、矛盾した、理解不可能な謎のように見えたのですが、私の提案したモデルをつかうと、首尾一貫した説明ができます。モデルの基礎を考察すると、固体-核物理学という新しい科学の姿が見えてきます。その上に、新しい技術が花開き、エネルギー問題に展望が開けるはずです。

常温核融合を通して、科学することの意味と面白さを述べ、日本の科学と教育、21世紀のエネルギー問題を考察しました。

事実は積み重ねられることによって眞実を明かしてくれます。固体物理学と核物理学の境界領域に起こる新しい現象が常温核融合だったのです。発見以来 8年間の研究成果から、事実に基づいて考えると固体-核物理学が見えてくる、という謎解きの物語が楽しめるでしょう。先入観に捕らわれずに、利己的な関心を捨てて事実を見れば眞実が見えてくることは、社会現象でも自然現象でも同じなのだ、ということがお分かりいただけるでしょう。まして、自然現象は社会現象よりずっと簡単な系で起こるのですから、誰にでも理解できることがらなのです。

環境問題と両立できるエネルギー源の最有力候補は、常温核融合であると思いますが、その研究の現状と可能性を知れば、人類の未来により多くの希望が持てるはずです。ここに研究成果を一書にまとめ、新しい科学の発見物語の中に、科学する喜びと日本の社会にたいする希望を探ることが、読者の皆さんと著者の共通の課題になることを期待しています。

 (『週刊金曜日』自薦図書欄 210(3/13), 41, 1998)