25.「常温核融合」をどう考えるか
1993年の本誌に登場した四つの記事*{1〜4}以来、常温核融合に関する記事は日本物理学会の出版物に全く現れていないと思われる。
そこで、常温核融合に関する現在の知見を報告し、会員諸氏の認識を新たにして頂きたいと思うのである。
常温核融合の発見当初、この現象は重水素を吸蔵したPd, Tiにおいて起こる、化学反応では説明できないほど多量の熱(過剰熱)と2.45 MeVのエネルギーを持つ少量の中性子の発生する現象を指していた。その原因としては、
d + d = ^{3}He + n,
= t + p
の二つの反応が候補に上げられていた。今でも、この反応が常温の固体内で起こるか、起こらないかを問題にしている研究者が後を絶たないが、永久機関の存在が今でも話題になることを考えれば、無理もないだろう。
しかしその後の研究で、過剰熱の他に、トリチウム、^{4}He, 10 MeV程度までの中性子、やはり10 MeV程度までのガンマ線、質量の大きな核(10< A)の変換などが起こる事が明らかにされてきた。
現在までに明らかになった常温核融合の事象に関するデータを整理すると、次のようになる。
(1) 試料内で核反応が起こっていることの直接的な証拠
1-1) 10 MeV 位までのエネルギーのガンマ線が測定されており、そのエネルギーは中性子 n と陽子 p の融合、n とd の融合、n と媒質原子核との融合によると考えて説明できる。
1-2) 10 MeV位までの中性子が測定されており、その頻度分布は 2.45 MeV 以外のものの方が多い。
1-3) 核変換による変換核の試料内の分布が測定されており、どこで核変換が起こっているかが、分かってきた。変換核の種類は n と媒質核の融合で説明できる例が多い。
(2) 核反応の間接的証拠
2-1) 過剰熱として観測されている、莫大なエネルギー。
2-2) 多量のヘリウム。
2-3) 多量のトリチウム t.
これらの現象の再現性に関しては、当初から議論の的であったが、確率過程で予想される定性的再現性は著しく改善されている。とくに、(表面積/体積)比の大きな細粒や細線状試料では、定性的再現性のよいものが作られている。
上記の事象(t, ^{4}He, Q, n の発生)の起こる数 n (事象数、過剰熱の場合は 1事象当たり 5 MeV を仮定して換算)について、次の関係が成り立つ。
N(t) = N(^{4}He) = N(Q), N(n) = 10^{-6}N(t).
ただし、これらの等号は、1 〜 2桁の精度での話である。
固体内で起きているらしい、これらの奇妙な事象の物理学は、多くの物理学者の関心を引かないはずはないと思うのだが。
*参照文献
(1) 深井有、「常温核融合昨今」、『日本物理学会誌』 48, 354, 464 (1993)
(2) 日本物理学会理事会、「第3回常温核融合国際会議について」、『日本物理学会誌』 48,573 (1993)
(3) 上田良二、「常温核融合の臨時分科会を設けよ」、『日本物理学会誌』 48, 832 (1993)
(4) 池上英雄、「「第三回常温核融合国際会議について」の理事会報告について」、『日本物理学会誌』 48, 992 (1993)
(『日本物理学会誌』、投稿、1997.6.)
コメント
この論文は、1997年6月に『日本物理学会誌』に投稿して、掲載を拒否されたものです。当時の編集委員長T.Y.氏(数理物理学者)の頑な態度には、事情を訴えた多くの編集委員、物理学会委員が“呆れた” という意見をよせてくれました。しかし中には、委員長の権限で拒否してもよい、という権力的な、反自由な意見をよせた委員もありました。物理学の自由な雰囲気が学会からも薄れていくのは、赤祖父氏のいう末期的症状の一つなのでしょうか。(1999.3.12)