23.「真の科学者」伏見康治博士

前ページの略歴(省略)からも博士の業績の一端は知っていただけると思いますが、もう少し詳しく先生を知っていただくために、いくつかの文章を集めてみました。若き日の輝かしい業績の概略を、8年後輩にあたられる戸田盛和博士(東京教育大学名誉教授)の文章で紹介します(「伏見康治著作集」(全8巻、みすず書房刊)第二巻の解説より)。最近の活躍の一端は、先生御自身の味わい深い文章をお読みください(「伏見康治語録―アラジンの灯は消えたか」(日本評論社刊、1996,11)。より詳しくは、「伏見康治著作集」をご覧下さい。

戸田博士の文章から。

「私の本棚に伏見先生の本が並んでいる。…『確率論及統計論』、初版の『量子統計力学』、それに学術雑誌から切り取った英文の論文「密度行列の形式的性質」。これらは学者としての伏見先生の名を一挙に高めたものである。…」

「学会の口さがない人達の中には、物理学者を数学ができる順にランクすれば、伏見・朝永・湯川の順になるだろうなどと言う人もいる。それほど伏見先生の数学は切れるのであるが、それは先生がよく示される判断の明確さと無関係でないように思われる。」

「伏見さんは解析的な物理学において優れているばかりでなく、いわば絵解き的な物理学や数学においても秀でている。このような二面を合せ持つ人は少ないのではないだろうか。」

 

先生ご自身の最近の文章から。

失敗するかも知れないビッグ・サイエンス

「…ビッグ・サイエンスはもちろんビッグ・ビジネスをもじった言葉で、その内容がお金のかかる大事業であることを示すものであるが、実は大切なのは、そのサイエンスという言葉の部分にある。未経験で、実はどうなるのか、事前には保証されていない冒険を含んでいるのが、サイエンスなのである。

さて、日本は戦後、アメリカの真似をして、いわゆるビッグ・サイエンスと呼ばれる大計画のいくつかを遂行して、多くの場合成功を収めてきたと思われている。原子炉を作り、人工衛星をとばし、大加速器を建造してきた。

しかし、真似をしたとなると、それは未知の領域に踏み込んだことにはならず、成功が保障されている事業に手をつけたのに過ぎない。

つまり、ビッグ.サイエンスのサイエンスの部分、成功するかどうか分からない部分、つまり一番大切な部分を、欠いている事業だったのである。…

もし日本人が追随国民でなく、創造性を持つ国民であるなら、失敗するかも知れない、つまり成功がまだ先進国で実証されていない、新しい企画に乗り出すべきである。」

戸田博士のいう先生の「判断の明確さ」が躍如とした文章ではないでしょうか。

 

「人は年齢によって老いるのではない」とうたった詩人がいましたが、同じことを先生は実践によって示してくださっているように思われます。(私事にわたりますが、最近数年間、未知の領域にたいする伏見博士の科学的探求心に感銘を受け、私淑しております。)

最後になりましたが、長年の輝かしい人生経験に基づいた貴重なお話をして下さることを、快くお引き受けくださった先生に感謝するとともに、お集まりくださった皆さんの科学に対する真摯な態度に敬意を表わします。

(理学部講演会、配布資料、1997.6.26

 

コメント

伏見先生との出会いは、故加藤清江教授が在任中に遡ります。加藤教授の発案で、20数年前の理学部講演会にお呼びしたときにお目にかかったのが、最初の個人的な接触でした。それ以来、雲の上の人としてのお名前は聞いていましたが、1992年秋に名古屋で開かれた第3回常温核融合国際会議の懇親会で、伏見先生のなさった英語での挨拶は、科学的精神に溢れたもので、真理の探求に情熱を燃やし続ける先生の意欲を人々に伝えるものでした。その中でも「ここに集まった人々こそ、真の科学的精神の持ち主です」という趣旨の言葉には、多くの参会者が共感したのでした。

上の紹介文は、ほとんどが先生ご自身と戸田博士との文章を借用しましたが、私の気持ちにぴったりのものですので、そのまま使わせて頂きました。ページの関係で省略した先生の略歴の概要は、以下の通りです。

1909.6. 名古屋に生まれる。

1927.  東京高等学校(旧制)理科乙類入学

1930.  東京帝国大学理学部物理学科入学

1933.  東京帝国大学理学部助手

1934.  大阪帝国大学講師

1939.  大阪帝国大学助教授

1940.  大阪帝国大学教授

1956.  学術会議・原子力問題委員会委員長

1961.  名古屋大学プラズマ研究所所長

1972.  日本学術会議副会長

1978.  日本学術会議会長

1983.  参議院議員当選(16年)

著書多数。一般的なものでは、「驢馬電子」、「不思議の国のトムキンス」(訳書)、「折り紙の幾何学」など。

1999. 5. 14