20. 物理教育と物理学の位置付け

大学における物理教育には、一般教育、基礎教育、そして専門教育としての物理教育がある。いずれも、物理学を中核とする自然科学が現代社会においてどのような位置を占めているのか、についての認識によって内容が規定されるだろう。現代社会は高度工業化社会であり、工業はエネルギ−多消費産業であることを特徴とする。その工業のハ−ド面での中核を担うのが、自然科学であり、物理学である。さらに、工業は農業と異なって自己充足的産業ではない。現在、問題になっている環境問題の根は工業のこの性格にある。物理学が現代人の必須科目になるべき理由である。

基礎科目や専門科目としては、科学の言葉としての数学が使えなければ物理を学んだことにはならないが、一般教育としての物理学には別の視点が必要である。サッカ−がプレイできなくても、試合を観戦して楽しみ、プレイを評価できるのである。物理学の本性−自然に内在する数学的論理性をつかって究極の自然法則を解明する−が、自然自身の知らなかった機能を物質に付与し、新しい相貌を自然に与える可能性を秘めていること、それと同時に人間を含む生物とそのつくる社会がフレキシブルな存在で、目まぐるしいメタモルフォ−ゼを繰り返しつつ不安定さを増幅させざるを得ない宿命を負うていることを、社会人の常識としなければならないだろう。

科学の先端を切り拓く発明・発見の質が社会的に正しく評価されようになるには、どのくらいの時間が必要なのだろうか。科学に携わる人間にとって、科学を社会のなかに正しく位置付けることは、避けて通ることのできない課題である。

物理教育委員会が「大学の物理教育」を取り上げることにしたのは、大いに結構なことである。日本物理学会としては、さらに初等教育から大学院教育までの物理教育を対象とした取り組みをすべきであろう。

(『大学の物理教育』、日本物理学会(物理教育委員会)発行、94-1, 25,1994)