13. 私の本棚
『数学セミナー』のアンケートに答えて
アンケート
―あなたの読書体験や勧めたい本を教えてください―
1. 高校生・大学生・社会人1年生に勧めたい自然科学書
2. 自然科学以外の分野で勧めたい本
3. 中学生・高校生の時に読んで面白かった自然科学書
4. 旅行に行くとき、カバンに入れておきたい本
5. 今、読んでいる (論文でない) 数学書
アンケートに対する答え
1. ルクレーティウス『物の本質について』樋口勝彦訳 (岩波文庫)
ギリシャ哲学の原子論を、最も完成した形で伝えるローマ時代(BC1世紀)の詩作品で、森羅万象を原子論の観点から説明している。2000年の時の隔たり感じさせない新鮮な表現は、次元を変えれば現代にも通じるものがある。
2. ラージャーゴーパーラーチャリ『マハーバーラタ』(上・中・下)奈良毅・田中嫺玉訳 (第三文明社、レグルス文庫)
原著は聖書(旧約)の十数倍という膨大な量で、邦訳はまだない。BC4世紀からAD2世紀にかけて書かれた古代インドの叙事詩で、その中に多くの宗教的・哲学的要素が含まれており、聖書とともに、人間性の諸相を映し出している。原著の英訳もあるが、手ごろなものでは次の再話がある。
Kamala Subramanian: Mahabharata, 766pp., Bharatiya Vidia Bhavan, Bombay, 1989
3. アインシュタイン、インフェルト『物理学はいかに創られたか』(上・下) 石原純訳 (岩波新書)
物理学が、単に数学の応用科学であるのではなく、自然の謎を読み解き、論理的体系を創り上げるために、直観や美的感覚や手段としての数学を用いて、実験事実を杖とも柱ともしながら進んできた様子を、やさしい言葉で説明している。学生時代に何度か読み返した記憶も懐かしいが、今も新入生用のテキストとして用いている名著である。惜しむらくは、訳文が古く、誤訳も散見されることで、若い人にはいくらか読み難いようだが、味読すべき本である。
4. 目的とする旅と同質な世界を持った本
旅行の種類にもよるが、自然に親しむ旅の場合には、好きな山に関する文庫本を適当に抜き出して持っていく。最近、山の本が文庫本にたくさん収められたので有難い。少し大きな旅なら、その目的に関連して本を持っていったり、現地で買ったりすることが多い。旅とは言えないかもしれないが、10余年前に長期滞在したアメリカでは、次のような本を読んで短い滞在に幅と深みをつけたつもりである。
Mark Twain: The Adventures of Huckleberry Finn,
T. Dreiser; An American Tragedy,
H. Adams; The Education of Henry Adams.
5. アドルノ, ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』徳永恂訳 (岩波書店)
ハーバーマス『イデオロギーとしての技術と科学』(長谷川宏訳、紀伊國屋書店)を読んで、この本に遡ったところ、ゲーデルの不完全性定理が数学の基礎をゆるがし、相対性理論と量子力学が自然科学の基礎をゆるがすものであったなら、『啓蒙の弁証法』は理論的世界観をゆるがすものと言ってよかろう。カオスの発見などとも関連して、現代の科学技術文明の頼りなさを明らかにし、われわれの立脚点を再認識することを求めているのではないだろうか。
(『数学セミナー』No. 8, p. 29, 1992)