序文

1997年に前著「常温核融合の発見−固体-核物理学の展開と21世紀のエネルギー」を、翌年、同書の増補英語版 ”Discovery of the Cold Fusion Phenomenon” を上梓してから、8年が経ちました。この間に常温核融合現象の研究は着実に進展しましたが、この現象に対する物理学者と化学者の理解は、一向に進んだようには見えません。その理由はいくつか考えられますが、本書で何度か触れているように、極めて色濃く時代を反映している科学界と社会の状況によるというのが、もっとも一般的な理由でしょう。

今年は、アインシュタインが奇跡の1905年に相対性理論を発表して以来100年を記念して、国際物理年とされているようです。20世紀の初めに大変革を経験した物理学は、その終わりに複雑系の科学の萌芽を垣間見せるという形で、全く新しい展開を始めたと言ってもいいでしょう。

現象の複雑さのゆえに理性が放棄されようとしているかに見える現代においても、人間の拠って立つべき基点の一つは、事実に基づいて論理を展開する科学であることを知り、そのもっとも単純なモデルが物理学であることを、本書を通じて知っていただきたいと思います。

常温核融合現象は、20世紀までに完成した近代物理学の各分野では理解のできないものとして、既成の科学界からは疎外されてきた現象です。しかし、科学的に考察することによって、この現象が複雑性の科学の特徴を備えた、新しい科学の対象である魅力的な分野であることが分かります。

知的探究心を満足させる営みが、人間に許された幸せの一つであることに感謝すると同時に、現代社会で失われがちな自ら科学することの大切さを知ることは、これからの人類にもっとも必要な営みではないでしょうか。

本書を読んで、知的興奮を感じ、より複雑な現象に科学的に取り組む勇気を得ていただければ幸いです。

 

2005314

                           小島英夫